「まあな。これでも『風巻の虎』と呼ばれているものでね」
「市柳のそういうところ、俺は嫌いじゃないぞ」
真似したいとは思わないけど、と笑いながら言われ、どういうことかとも思ったが、聞き返す前にひらりと手を振られた。
「次、弟の試合だから」
またな、と駆けていく後姿まで爽やかな男である。
「負けたのにかっこいいっスね」
「さすが、未来の郷長さんだなあ……」
思わず振り返ると、普段から一緒につるんでいる友人達がいた。この二人も試合に参加していたが、早々に負けてから市柳の応援に回っているのである。両親も長兄も、今は上座の領主の近くにいるはずなので、そばで市柳を応援してくれているのは、この二人だけであった。
「勝ったのは俺だけど」
飛び出た声は、自分でも思いがけず平坦なものだった。
「いや、勿論一番かっこいいのは市柳さんですよ」
「そう拗ねんなって」
「拗ねてなんかいませんけど」
先ほどまでの高揚感は、噓のように消えてしまっている。
慌ててとりなそうとする友人達を従えたまま、無言でずんずん歩いて行く先は、雪馬が向かった試合場である。
境内の一角の人波の中、白線で四角に囲まれた試合場で、そいつは対戦相手と礼を交わしているところであった。
いかにも自信がなさそうな顔をしたそいつこそ、垂氷の出来損ないの次男坊こと、雪哉であった。
ふわふわとした癖っ毛に、赤い鉢巻を巻いている。年の割に体格も悪く、雪馬と違い、顔立ちも整っているとは言いがたい。
頑張れ雪哉兄、と試合場のすぐ横で声を張り上げている小さい子どもは、垂氷の三男だろう。その隣には、先ほどまで自分と戦っていた雪馬が、どこか不安そうに弟を見守っている。
「はじめ!」
審判の声と同時に、対戦相手の白鉢巻が気合の声を上げる。それにびくりと体を震わせた雪哉の剣先が、不安定に上下した。
ああ、あれじゃ駄目だな。
市柳がそう思う間もあればこそ、白鉢巻は即座に打ちかかっていき、雪哉はあろうことか、ぎゅっと目をつぶってしまった。
2024.10.22(火)