「血筋だけで全部上手くいったら、俺達は真面目になんかやってられねえよな」
* * *
市柳は大会において、三番手につける成績を収めた。今年、勁草院へ入峰する見込みの者も参加した中では、結構な好成績と言えるだろう。
一番になれなかったのは残念だが、奉納試合に出なくてもいいという意味では、三番手は最も気安くて望ましい結果とも言える。試合さえ終わってしまえば、あとは祭りの間、北領で一番大きな町で遊びまわって帰るだけなのだ。
北領において、冬場に仕込んだ冬酒が最初に出回るのが祈年祭である。明日になれば新しい酒が出回るというこの日、晩秋に造った秋酒があちこちで振舞われ、寺院前の参道ではたくさんの出店が肴を売り出すのだ。
試合の合間にちょっと覗いただけでも、玉にした蒟蒻を甘辛く煮る大鍋から醬油の焦げる香りがぷんぷん漂い、味噌を塗って焼いた鶏の串焼きからは金色の脂がとめどなく垂れていた。
今日の夜はあちこち食べ歩こうと考えながら、市柳が上機嫌で道着を脱ごうとした時だった。
「あのう、市柳さん?」
振り返って、思わず顔が引きつった。
見下ろす位置にある、茶色っぽい癖っ毛。上目遣いでこちらを見る小柄な少年。
そこに立っていたのは、垂氷の雪哉であった。
小さい頃から、領主の本邸の集まりなどでは時々一緒に遊んだ仲である。だが、今となってみれば、親しくしたいと思える相手ではなかった。
何の用かは知らないが、適当にあしらってさっさと遊びに行こうと思ったのだが、雪哉から告げられた言葉は、思いもよらないものであった。
「手ほどき? 俺がお前に?」
「はい。僕、今日も全部の試合で負けてしまって……」
塩茹でした菜っ葉のように萎れて雪哉は言う。
「流石に、このままではちょっとまずいなと思って。どうか、市柳さんにご助言頂きたいんです」
「なんでまた俺に。お前、もうすぐ中央に行くんだろ。見かねた垂氷の奴らが教えてくれるんじゃねえの」
2024.10.22(火)