何とも皮肉っぽい言い方になってしまったが、雪哉はそれには気付かぬ様子で「いいえ!」と元気いっぱいに答えた。

「是非、市柳さんに教えて欲しいんです。垂氷のお師匠さま達はもうご年配なので……年が近くて強い方のほうが、きっと有益なお話が聞けるはずです。それに今日の市柳さん、とっても格好良かったですから」

「そ、そうか?」

 憧れちゃいます、と尊敬の眼差しを向けられて、決して悪い気はしない。

「お願いします。この後、少しだけで構わないので」

 まあ確かに、雪哉自身は悪いことをしていないのに、少しやっかみ過ぎた気がしなくもない。殊勝に教えを請いに来るとは、可愛いところもあるものだと思った。

 ちらりと窓の外を見れば、格子のむこうは赤く染まっている。

 友人達は先に神楽を見に行くと言っていたから、合流するまでにはまだ少し時間があった。

「そこまで言うなら、軽く教えてやってもいいかな」

「本当ですか」

 実はもう、道場は借りてあるんです、と雪哉は無邪気にはしゃぐ。

 連れて来られたのは、昼間、参加者達が控え室に利用していた小講堂であった。たむろしていた者たちはとっくに外に出たようで、日中はあれほどいた人影はひとつとして見当たらない。

「今日のような大きな試合には使われないようですが、普段は練習用の道場なのだそうです。個人的に練習したいと申し上げたら、好きに使って構わないと」

 そう言った雪哉は、部屋の隅にある燭台に明かりを点けてから入り口に戻り、両手で丁寧に引き戸を閉めた。

 よく蠟の塗られた戸はつかえることなく動き、パシン、と軽やかな音を立てる。

「さて……」

 くるりと振り返った顔には、横からの細い炎の光に照らされた、屈託のない笑みが白く浮かび上がっていた。

「ご指導、よろしくお願いいたしますね」

「おうよ」

 気軽に言い、講堂の隅に並べられた順刀から、なるべく状態の良いものを選ぶ。審判はいないが、師匠との地稽古のように、手合わせのような形でその都度気付いたことを言ってやればいいだろう。

2024.10.22(火)