「もう終わりですか?」
鍔迫り合いになっているのに、そう言う雪哉は顔も声も涼しい。
「僕に手ほどきしてくれるんでしょう? はやく、次を教えてくださいよ」
ぶるぶる腕が震え、押されていく。
雪哉の目は、いつの間にか先ほどとは別人のように冷ややかなものとなっていた。
「ほら……早くしろって言ってんだよ!」
その瞬間、目の前の雪哉が消えた。
何が起こったのかわからないまま、足元に衝撃を受けてその場に転がる。
反射的に受身を取った市柳が目にしたのは、大上段に順刀を振り上げ、醜悪な笑みを満面に浮かべた雪哉の姿だった。
腕で顔を覆う間もあればこそ、次の瞬間には、まるで降り注ぐ霰にさらされたかのように、冷たく感じるほどの鋭い衝撃と痛みが次々に襲い掛かってきた。
「ああ? どうした市柳、これで終わりか」
悲鳴を上げて逃げようとするも、姿勢を変えた瞬間に勢いよく蹴り飛ばされる。
口ほどにもねえなあ、と笑いながら、雪哉は転がる市柳に対しても容赦なく追撃を加えてきた。バシバシバシバシと、あまりの速さに打撃の音が連なって聞こえるほどだ。
やめろ、やめてくれ頼む、と何度も悲鳴をあげ、ようやくぴたりと雪哉は止まる。
「わ、悪かった。俺が、お前を馬鹿にしたのを怒っているんだよな?」
それは謝るから、と半泣きになりながら言うと、「おや」と雪哉は目を丸くした。
「お前、僕のこと馬鹿にしてたの。そいつは初耳」
とんだ藪蛇だった。
思わず白目を剝きそうになった市柳の襟をつかみ上げ、雪哉はせせら笑う。
「ま、おおかた想像はつくけどね。お前が僕をどう思おうが、別に知ったこっちゃねえけどさ――自分の立場を、良く考えてから口を開けよな」
「たちば……?」
「今日の試合場で、俺が将来、垂氷の郷長の座を乗っ取るはずだと言っただろう。俺の方が兄上より血筋が良いからと」
忘れたとは言わせねえぞ、と凄まれ、ひゅっと喉の奥が鳴った。
「いやいやいや、待て! それは、そんなことあり得ないという前提でだな!」
2024.10.22(火)