うるせえ黙って聞け、と怒鳴られ、顔を殴られる。

「お前がどういうつもりだったかは関係なく、現に、そういう噂が会場でさんざん流れてんだよ。てめえの連れの二人組、ペラペラペラペラよく囀るもんだなあ、オイ」

 まさか、あの二人も同じような目にあわせたのかとぎょっとすれば、雪哉は「みくびるな」と吐き捨てた。

「彼らには懇切丁寧に、そういうことはないと説明してご理解頂きましたとも。僕が怒っているのは、彼らではなく、あんたですからね」

「じゃあ、なんで」

「自分が何者か、本当に自覚がないんだな」

 心底呆れたように溜息をつき、雪哉は床に市柳を放り投げた。

「風巻郷、郷長家が三男坊、市柳――」

 あんたはそれでも貴族(・・)なんですよ、と言いながら、雪哉は市柳を持ち上げる際に落とした順刀を拾った。

「本人は単なるやっかみのつもりでも、郷長一族の言葉となれば、それを聞いた奴は本気にする。郷長家の奴がいうのだから、きっとそうなんだろうってね。変な信憑性を持って、噂が一人歩きをする」

 ――他人のことをどうこう言う前に、お前はまず、自分も郷長家の一員なのだという自覚を持ちなさい。

 脳裏に閃いたのは、こちらを諭す、父の優しい声だった。

「僕だって、生まれひとつで何もかも変わっちゃうなんて馬鹿らしいと思っているさ。でも、それで受けた恩恵があるのは事実だし、少なくともお前よりは貴族が何か(・・・・・)は分かってるつもりだ」

 パシン、と手に順刀を打ち付けて、雪哉は汚物でも見下ろすかのような目でこちらを見た。

「貴族の受ける恩恵と責任は等価なんだ。あんたがその年まで働かずに済んで、北領全体で三番目になれるくらいみっちり稽古をつけてもらっているのは、地方貴族という身分にあるからだろう。それを忘れて、よくもまあ、僕の血ばっかり羨むことが出来たもんだな」

 それを聞かされるほうもさぞかし反吐が出ただろうよ、とそう言う雪哉に返す言葉がない。

2024.10.22(火)