「勁草院を目指すのならば、そろそろ本格的に峰入りの準備をせねばならん。真剣に己の将来を考えなさい」

 いいね、と念を押す父の両側には、腕を組んでこちらを睨みつける母と、恐い顔をしている二人の兄がいる。

 冷たい土間で正座した市柳は、釈然としない思いを抱えながらも、「ハイ」と答えるしかなかったのだった。

*     *     *

 毎年二回、祈年祭と新嘗祭に先駆けて、北領で一番大きな寺院において、大規模な武術大会が開かれる。

 北領の各地から、腕に覚えのある成人前の少年達が集められ、その中でこれはという子どもに祭り当日に奉納試合をさせるのだ。勁草院への峰入りを目指す平民の少年達にとっては、自分の力を有力者に訴えるための良い機会であり、勁草院からも何人かの教官が見に来ている。

 そして、北領の武家に生まれ育った子らにとっては、叩き込まれた武術を披露するまたとない機会でもあった。

 空には雲ひとつなく、寺院の軒先に吊るされた幕が華やかに翻っている。

 暦の上では明日にも春を迎えるというのに、相変わらず空気は冷たく、人々の呼気は白くけぶっていた。

 事前にきちんと温めておかねば、うまく体が動かなくなるような寒さであるが、普段から寒空の下を喧嘩して回っている市柳からすれば、いつものことである。

 寒そうにしている見物客の前で、華麗に、見事に、危なげなく勝ちを決めていった。

「一本、白!」

 わっと盛り上がる観客に向け、市柳は高々と順刀を掲げて見せる。

 三試合目において対戦し、市柳が見事に勝利を収めたのは、さんざん家族から見習えと言って聞かされた垂氷の雪馬であった。

「相変わらず強いな、市柳」

 互いに礼をし終わった後、にこやかに話しかけて来たのは雪馬のほうである。

 頰は上気し、髪も少し乱れているが、その表情には屈託がなく、育ちのよさが表れていた。綺麗な顔立ちをしていることもあり、きゃあきゃあと小うるさい女達が集まっていたので、そんな奴らの目の前で一本勝ちを決められたのはとてつもなく気持ちがよかった。

2024.10.22(火)