「うちがお貴族さまって柄かよ。父ちゃん、この郷長屋敷が郷民から何て呼ばれているか知らねえの?」

 山城の雰囲気と相まって、「山賊の根城」という愛称を頂戴しているのだ。

 それを聞いた父は、岩が堆積しているようにしか見えない顔をぽっと赤黒く染めて、隣の妻のほうを向いた。

「そりゃ、お前……。忍さんが美人だから言われるのに違いないな。山賊にかどわかされたお姫さまにしか見えんもんなあ」

「いやだよアンタ。子ども達の前で何言ってるんだい」

「だって本当のことだから」

 真っ赤になって恥じらう母と父を前に、一瞬にして三兄弟の空気がしらけたものに変わる。

 うわ、出たよ。

 やってられねえ。

 いい年して何をやってんだ。

 三兄弟の心は一つになったが、父が一度惚気始めると、ひたすら終わるのを待つしかない。

 母の忍は、もとは貴族の生まれですらなく、武術大会で並み居る敵をなぎ倒し、郷長家の正妻の座を腕力で勝ち取った女武芸者である。現在でも、図体の大きい息子達を片手であしらい、風巻の郷長屋敷で最強を誇っている。

 小柄で目つきが悪くて罵倒の切れ味鋭い母は、身内の贔屓目を最大限に活用したとしても十人並みの容姿である。お姫さまどころか女盗賊もいいところなのだが、何故か父の目には絶世の美姫に見えているらしかった。

 ひとしきり妻といちゃいちゃした父は、息子達の眼差しに気付くと、こほん、と空咳をした。

「ともかくだ。お前がなりたいと言ったのは、さすらいの用心棒だったか? お父さんは、お前が本気でそれになりたいのだと言うならば反対はせんぞ。出来る限りの協力だってするつもりだ」

「ほんとに?」

 だがな、と即座に続けた父の態度は、母に相対していた時とは別人のように威厳があった。

「今のお前は、全く本気などではないだろう。適当なことを言っているうちは、お父さんは持てる力の全てを以って、お前の世迷いごとを叩き潰すからな」

 真剣な言葉を、流石に茶化すことは出来なかった。

2024.10.22(火)