「はあ?」
長兄の言葉に、思わず素っ頓狂な声が飛び出た。
「え、あ、どうして? 宮仕えってのは何だよ」
「春から、若宮殿下の側仕えになるらしい」
「若宮殿下の側仕え……」
阿呆のように鸚鵡返しにしてしまう。
若宮は日嗣の御子の座についており、いずれはこの山内の地を統べるお方である。しばらくは外界に遊学していたが、先ごろ帰還し、そろそろ有力貴族の四家から正室を選ぶ登殿の儀が始まるはずであった。
そんな山内きっての貴人の側仕えともなれば、雪哉の将来は約束されたも同然である。てっきり、雪哉はこのまま垂氷の冷や飯食いに甘んじるものと思っていた市柳からすれば、青天の霹靂であった。
「なんだかんだ言って、ちゃんとしているのよ。それに比べてあんたときたら」
母に盛大に舌打ちされ、いやいや、と叫ぶ。
「おかしいだろ! いきなり、どうして雪哉が?」
「ああ見えて、垂氷の次男坊もお前より色々考えていたってことだろ」
次兄に鼻で笑われ、まさかと叫ぶ。
「適当なこと言うなよ。あいつがそんなこと考えられるもんか。俺の方が強いし、多分、俺のほうがずっと賢いよ」
「お前、よくもまあそれだけ自分に自信を持てるよな」
ある意味感心するわ、と次兄が呆れたように言う傍らで、長兄が苦笑した。
「あそこの次男だけ母親が違うからな。そっちの関係でお口添えがあったってことだろ」
初耳の話に、市柳は目を丸くした。
「そうなの?」
「詳しくは知らないけど、色々あったみたいだぞ。今はもう亡くなっているが、次男君の母親のほうが、今の正室さんよりずっと身分が高かったらしい」
「それだけで、あいつの将来が決まっちゃうわけ」
――自分より劣ったあいつが、血だけを理由に一気に取り立てられる?
「そんなのずるいだろ」
思わず顔をしかめて言うと、それまで黙っていた父が「りゅうくん」と神妙な顔で呼びかけてきた。
「他人のことをどうこう言う前に、お前はまず、自分も郷長家の一員なのだという自覚を持ちなさい。貴族としての振る舞いを身に付けなければ、宮仕えなど夢のまた夢だぞ」
2024.10.22(火)