市柳の叫びに、母は細い眉を吊り上げる。

「母上と呼びな」

 わざわざ厨からやって来たらしい母は、しゃもじで横殴りにするようにして市柳の頭を叩いた。

「全く、あんたときたら、なんでこう駄目駄目なんだろうね」

 少しは垂氷(たるひ)の坊ちゃん方を見習いな、と嘆かれて、市柳は頭を押さえてもだえながらもカチンと来た。

 隣り合う垂氷郷の郷長家には、奇しくも風巻郷と同じように、三人の息子達がいる。しかも、長男と次男は年子で、市柳とほぼ同年なのだ。立場も年齢もよく似た彼らと市柳は、何かにつけて比較されていた。

「いや、聞き捨てならねえな。坊ちゃん()ってのは何だよ。雪馬(ゆきま)はともかくとして、雪哉よりは俺の方がはるかにマシだろ」

 垂氷郷の跡取りである雪馬は、頭よし、見目よし、性格よしと、三拍子揃った俊英である。しかも年二回、北領の領主の前で行われる御前試合においても悪くない成績を収めているので、市柳としても彼が優秀であるという点について否やを唱えるつもりはない。

 だが問題は、雪馬のすぐ下の弟、雪哉である。

 奴は兄とは真逆で、頭の出来は悪い、見た目もよくはない、とんでもない意気地なしという出来損ないだった。試合でも、手合わせが始まると同時に半泣きになって順刀を放り出すものだから、雪哉の相手はほとんど不戦勝のようなものとして見られている。

 市柳は、自分のことを勉学こそあまり得意ではないが、見た目は決して悪くないし、性格だって男気があるし、何より腕っ節は身分を問わず最強だと自負している。

 雪馬はともかく、雪哉と比べて劣っていると思われるのはどうにも許容出来なかった。

「こないだだって問題を起こしていたし。どう考えたって俺のがまともじゃないか」

 新年の挨拶のため、北領領主の本邸に出向いた時のことだ。どうもよくない相手と喧嘩をして大敗を喫したらしく、領主に呆れられたと噂に聞いていた。

「いや、それだけど。垂氷の次男な、あの後、中央で宮仕えが決まったぞ」

2024.10.22(火)