次兄に睨まれながら訊かれたが、これにも市柳は首を横に振った。

「いや、別に腕に覚えがあるからって、勁草院に行かなきゃ駄目っていうわけじゃないだろ」

「じゃあ、どうするつもりだ」

「さすらいの用心棒にでもなろうかなって」

 それで、この地を守るのだ。守護神のように。

 風巻の守護神、市柳。

 うん。思いつきで言ったことだが、結構かっこいい気がする!

「お前……」

「本当に、感動するくらい馬鹿だな……」

 兄二人に憐れむような眼で見られ、「なんだよ」と眉間に皺が寄る。

「兄ちゃん達は知らないだろうけど、これでも俺、『風巻の虎』って恐れられているんだからな!」

「くそだせえな」

「予言してやろう。十年後、お前は今の発言を心の底から後悔する。賭けてもいい。絶対だ」

 何故か並々ならぬ力を込めて長兄に断言されたが、その後ろで父が感心したような声を上げた。

「なるほど。だからお前の羽織には、こんなものがいるんだな」

 いつのまにか父は、市柳が家に帰って来て早々に脱ぎ捨てた長羽織を広げて眺めていた。

 きらきらと金糸が織り込まれた黒地には、跳梁する見事な虎と、揺れる柳が縫い取られている。

 次兄は、うわあ、と仰け反ってから、おっかなびっくり羽織に顔を近付けた。

「こんな悪趣味なもの、一体どこで手に入れてくるんだ……?」

「小遣いで端切れと糸を買ってきて、自分で縫っているみたいだぞ」

 中々上手だ、という父の言葉に、二人の兄は顔色を失った。

「正気か。それは俺も知らなかった」

「そこまでする? お裁縫って面かよ」

「うるせえなあ! 別にいいじゃねえか、誰にも迷惑かけてねえんだからよ」

 立ち上がって父の手から長羽織を奪い返そうとした瞬間、「うるさいのはどっちだい」と、この日一番の怒号が上がった。

「表にまで聞こえているんだよ。その薄汚い口を今すぐ閉じな、このおたんこなすども!」

 走りこんできた小柄な人影に、げえっ、と三兄弟の声が揃う。

「母ちゃん!」

2024.10.22(火)