「よっちゃん」

 周囲から悲鳴が上がる。

 先ほどまで大口を叩いていた敵は、ぐらりと揺れ、白目を剝いて昏倒した。

「よっちゃん、しっかりしろ、よっちゃん!」

「ちくしょう、覚えてやがれ」

 首領を引きずり、尻尾を巻いて逃げ去る敵の姿を見送り、市柳はやれやれと溜息をついた。

「全く、たわいもない……」

 そんな市柳を、わっと歓声を上げて舎弟たちが取り囲む。

「さすが市柳!」

「今日も一発だったな」

「人数差があったんで、一時はどうなることかと思いましたけど」

 おいおいおい、と市柳は眉根を寄せた。

「お前ら、あんな弱っちい奴らにびびっていたってのか?」

「だって、俺達の倍もいたんですよ」

「普通は勝てないッス」

「市柳が強すぎるんだよ」

「北領最強なんじゃないですか?」

「よせ。所詮、あいつらの実力がその程度だったというだけのこと……」

 かっけえ、と賞賛の眼差しを向けられ、はっはっは、と笑ってそれに応える。

「いやまあ、北領最強っていう称号は、あながち間違いじゃないかもしれないけどね!」

*     *     *

「調子に乗ってるんじゃねえぞ市柳!」

 強烈な張り手をくらい、市柳の体は吹っ飛び、障子を桟ごとぶち抜いた。

「いってーな、何すんだよ兄ちゃん」

 土間に転がり、ちょっと涙目になって頰を押さえる市柳の目の前には、怖い顔をした三人の大男が仁王立ちしている。

「いいかげん、ふらふらするのは止しなさい」

「他領の奴らとまで喧嘩しやがって」

「てめえには郷長一族としての自覚が足りねえ」

 発言の順に、市柳の父、長兄、次兄である。

 市柳の父は、山内は北領が風巻郷を治める郷長である。

 位階だけなら中央の高級貴族にも相当する父は、巌のような体軀と、微笑みかけるだけで子どもが泣き出す強面を持った豪傑であった。

 北領は、酒造と武人の地だ。

 大きな田畑こそないが、綺麗な水を使った酒造りが非常に盛んである。また、どの村にも最低ひとつは道場があり、普段は畑を耕している農夫も、有事の時には兵と化す。半農半士が大半を占める土地柄だ。まさに歩く岩山、笑っても泣いても恐い顔にしかならない貴族らしからぬこの風体も、この土地では大いに歓迎されていた。

2024.10.22(火)