「寅ちゃんが出来るのは、寅ちゃんの好きに生きることです。また弁護士をしてもいい。別の仕事を始めてもいい。優未のいいお母さんでいてもいい。僕の大好きな、あの何かに無我夢中になってる時の寅ちゃんの顔をして、何かを頑張ってくれること。いや、やっぱり頑張んなくてもいい。寅ちゃんが後悔せず、心から人生をやりきってくれること。それが僕の望みです」

『虎に翼』で描かれたテーマは「好きなように生きたい」これに尽きるだろう。寅子がいつも怒っていたのは、好きに生きたいのに生きられないからだ。寅子は、世の中への疑問や怒りをなんとかしようと、「はて?」「はて?」と声をあげ続けていた。なにごとも自分で決めたい。だから、口を出されると、それが善意であってもゆるさない。

『虎に翼』がこれまでの朝ドラとは違うとすれば、こんなふうに主人公がずっと不機嫌で眉間にシワを寄せ続け、自分の進路を阻む者には容赦なく厳しく対応していたことである。朝ドラの主人公はたいてい、つらいときでも笑顔でやり過ごす、という生き方を選択することが多かった。再放送中の『ちゅらさん』(01年度前期)はその最たるものである。暗雲を笑顔で晴らすことは人間の知性でもあるが、いまの日本はどうか。そうも言っていられないところにあるのではないか。

『虎に翼』出現より一足早く、『なつぞら』(19年度前期)では「無理して笑わなくてもいい」という生き方が提唱され、媚びないヒロイン(広瀬すず)が誕生していた。あれから7年、ついに寅子のようにつねにファイティングポーズで世の中の欺瞞に目を光らせ続ける主人公が誕生したのである。笑顔で穏便にやり過ごす処世術は『虎に翼』では「すん」と呼ばれ、いいとはいえないものとされた。

 余談だが、『なつぞら』脚本の大森寿美男は00年度に当時史上最年少で向田邦子賞を受賞したが、『虎に翼』の脚本家である吉田恵里香は21年度に史上最年少で向田邦子賞を受賞している。

2024.10.14(月)
文=木俣 冬