後に出てくる原爆裁判のエピソードでは「政治の貧困を嘆かずにはいられない」(実際の判決文どおり)と、尊属殺人のエピソードでは、「無力な憲法を、無力な司法を、無力なこの社会を嘆かざるを得ない」(モデルの事件の判決文を参考にしたオリジナル。実際は「憲法とは何んと無力なものでありましょうか」)と裁判官が読み上げる。前者は政治を批判し、後者では自分たちの司法のふがいなさや、社会全体の問題でもあると反省している。歴史的な社会問題に取り組みながらも、一方的な見方にならないよう配慮してあるところはさすが公共放送である。

 実際にあった社会的な出来事は、ブルーパージ(左遷)の件のように深堀りしていないものもある。それでも、具体的に知っている視聴者は勝手に行間を埋めて問題意識を果てしなく深堀りしていくことが可能であるし、知らない人は知らないなりに知識を得ることができる。非常にうまく考えられた脚本であった。引いた視点でものごとを判断する裁判官のドラマと公共放送には親和性があるような気がする。NHKのサイトには「公共放送とは営利を目的とせず、国家の統制からも自立して、公共の福祉のために行う放送といえるでしょう」とある。

 

「寅ちゃんの好きに生きること。それが僕の望み」

 ドラマの登場人物たちはそれぞれのほんとうに望む生き方を貫いた。法を守って餓死する花岡(岩田剛典)、たとえ司法試験に落ちようと男装を貫くよね(土居志央梨)、離婚して家制度から解放される梅子(平岩紙)、朝鮮人であることを隠して日本人と結婚する香淑(ハ・ヨンス)、華族の身分制度を剥奪されながらも商売で身を立てる涼子(桜井ユキ)、戦争で車椅子生活となっても前向きに生きる玉(羽瀬川なぎ)、同性愛者であることを認識して同性パートナーと生きる轟(戸塚純貴)、10代の頃の願いどおり、生涯、専業主婦であり続けた花江(森田望智)、ひとつに定めず好きなことを全部やる優未(川床明日香)……等々。そこに通底するのは寅子の最初の夫・優三(仲野太賀)の言葉である。

2024.10.14(月)
文=木俣 冬