伝わりにくい日銀のメッセージ
日銀にも言い分がある。十数年前まで、日銀は製造業の収益を圧迫する急速な円高を放置していると批判されていた。長引く景気低迷への国民の不満の受け皿となって政権を奪還した安倍晋三元首相は、「アベノミクス」と呼ばれる経済政策の一環として、日銀に大規模な金融緩和の導入を求めた。そして2013年、黒田東彦総裁のもと打ち出された量的・質的金融緩和(QQE)は、円安をもたらしたとして喝采を浴びた。
それがいまや、過度な円安を放置していると批判されている。そもそも金融政策は為替相場を直接コントロールするためのものではない。あくまで物価と金融システムの安定のために遂行されるべきものだ。仮にゼロ%近傍にある金利を多少引き上げたとしても、円安が止まる保証はない。
当然のことながら、日銀が利上げすれば、住宅ローン金利や企業の借り入れコストは上昇する。5%程度あるアメリカとの政策金利差を縮小させようと急速に利上げすれば、脆弱な日本経済の腰を折り、デフレや景気低迷の再来を招いてしまう恐れがある。円安は止めてほしいが、景気を冷やす利上げも困る。このような要求は、日銀からすると無理な相談だ。論理性を重んじる、経済学者の植田和男総裁はとりわけそう感じているのではないだろうか。
植田総裁は、日本経済がデフレに苦しんでいた時期に日銀の審議委員を務めた。拙速な利上げの危険性をひときわ強く意識しているだろう。だからこそ、マイナス金利の解除直後は、当面緩和的な金融環境を維持すると強調していた。
他方、賃上げの動きに広がりが見えてくるにつれ、物価が持続的に2%程度で推移することへの確信が高まれば、今後数回にわたって金利を引き上げていくことも示唆している。だが、この利上げモードへの転換は、金融市場や国民にいまいち伝わっていない。それゆえ「円安を放置する日銀」というイメージもなかなか払拭されないのだろう。
2024.10.09(水)