発酵食が発展した地域ならではの食文化
小浜では発酵食の文化も発展しました。たとえば、へしこ。鯖などの魚を樽の中で糠と塩に約1年間漬け込んだ、いわば“魚の糠漬け”です。
小浜では、この“へしこ”を使った“なれずし”が名物。なれずしとは、各地のにぎり寿司の原型ともいわれる、新鮮な魚と米をあわせて発酵させた伝統的な保存食です。つまり一般的には新鮮な魚を使うところを、小浜のなれずしは発酵した魚を使うのがみそ。ダブルで発酵!? 気になります。
この“へしこのなれずし”の名人に会いに、小浜市街の北東に位置する内外海(うちとみ)地区の田烏(たがらす)へ向かいました。
田烏は、百人一首にも詠まれた、海に向かって100枚もの棚田が続く、日本の原風景のような景色が広がっています。
プラスチックの樽がいくつも並ぶへしこの保管場所で待っていたのは、「内外海 本づくり へしこ・なれずしの会」の代表にして、「年間民宿 佐助」を切り盛りする森下佐彦(すけひこ)さん。
昔ながらの製法を守りつつ、今では小学生の体験学習や大学の研究室に発酵時のデータを提供するなど、なれずしの継承に尽力しています。
明治期から、若狭沖の日本海では大型船による鯖の巾着漁(巻き網漁)が行われ、田烏にも多くの漁師がいました。大漁時には50本、100本の鯖を入れたトロ箱が漁師に渡されたそう。そんなに大量の鯖を一般家庭では食べきれないと、保存食のへしこ作りが始まったのだとか。その延長で、へしこのなれずしも始まったと森下さん。
かつては田烏には100世帯ほどが存在し、その半分はなれずしを作り、それぞれの家庭の味があったとか。ところが鯖が獲れなくなり、なれずしも作れなくなっていきました。森下さんは焦燥しました。大切な伝統料理のへしこなれずしが消えてしまう! こりゃ黙っとったら、あかん!
そして田烏の人に声をかけ、この危機的状況を説明し、結成したのが「田烏さばへしこ・なれずしの会」(のちの「内外海 本づくり へしこ・なれずしの会」)。言い出しっぺだからと、代表をまかされてしまったそう。平成16年のことでした。
2024.10.05(土)
文・撮影=古関千恵子