主人公の若手村議会議員・黒崎美鈴は、忖度が蔓延る村の空気に抗おうとするが、その結果は……。コミカルなタッチで日本社会のありようを諷刺した快作であり、こういう短篇を書かせれば絶品である著者の本領発揮作となっている。

 

原田ひ香「夏のカレー」(初出「小説新潮」九月号「冴子」を改題)

 葬儀から帰宅すると、冴子が家の前で待っていた。二十歳で初めて出会い、その後、人生の節目で何度も再会と別れを繰り返した冴子。彼女との結婚を望んだこともあったのだが、叶わぬまま互いに六十歳になっていた。

 互いに愛し合いながら、ボタンの掛け違いのように結婚には至らなかった男女の人生を、しみじみとした哀感とともに綴った傑作である。意表を衝く結末によって、それまで見ていたつもりの光景が別のニュアンスで読者の前に浮上する技巧も絶品だ。

 

宮島未奈「ガラケーレクイエム」(初出「小説現代」十月号)

 解約したつもりで忘れていたガラケーに、元同級生・葉月からの「渡したいものがあります」という二年前のメッセージが届いた。それほど親しかったわけでもない葉月が、「わたし」に何を渡したかったのか。

 皆がスマートフォンを使うようになった今、ガラケーはもはやレトロ感を漂わせる存在だ。そんなガラケーのイメージに、かつての同級生との再会にまつわる感傷とを重ね合わせた点が巧みで、短篇小説のお手本のような完成度を示している。

 

武石勝義「煙景の彼方」(初出「小説新潮」十二月号)

 小学生の頃、「私」は祖父が煙草の煙で作った輪の中に、その場にいない母の姿を浮かび上がらせるのを見た。成人した「私」は、かつての祖父のように、煙の輪に見たい光景を浮かび上がらせようとしたが……。

 煙の輪の中に見たいものを見る能力というのは、恩寵なのか呪いなのか。人生は不可逆であるからこそ、禁忌を犯してでも戻りたいと願う地点がある。奇想天外な短篇も得意とする著者だが、本作は幻想的な設定ながら、しみじみとした味わいが特色だ。

 世界は悪意や絶望に満ちており、同時に善意や希望も溢れている。短篇小説は、そんな矛盾だらけの世界を、ある切り口から捉えようとする営為だとも言える。この国の作家たちが、そんな世界からいかなる切り口を見出したか――その優れたサンプルである本書を、是非手に取っていただきたい。

夏のカレー 現代の短篇小説 ベストコレクション2024(文春文庫 編 23-2)

定価 990円(税込)
文藝春秋
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2024.09.13(金)
文=千街 晶之(文芸評論家)