山田詠美「ジョン&ジェーン」(初出「小説幻冬」八月号)

 何度も死にたいと訴えるジョンを、バスタブに沈めて溺死させたジェーン。良家の生まれながら歌舞伎町のトー横で過ごすようになった彼女と、ホストだったジョン。二人はどのように出会い、この結末に至ったのか。

 歌舞伎町で生きる男女の刹那的な生き方に、『野菊の墓』などの文芸趣味を絡ませた作品。破滅的な結末が冒頭で明かされているだけに、そこに至るまでの決して暗いばかりではない経緯が哀しい。ジョンとジェーンというネーミングも効いている。

 

小川哲「猪田って誰?」(初出「STORY BOX」九月号)

「猪田の告別式、どうする?」というLINEが届いたが、「俺」は猪田が誰なのかを思い出せない。かつての同級生たちに連絡を取り、情報を集めてゆくが、それでも猪田のことがさっぱりわからないのは何故なのか。

 昔の体験や知人の名前などが思い出せないという経験は、ある程度歳をとれば誰にでもある筈だ。そんな時に自分の記憶力に対して感じる不安を、この小説はまざまざと思い起こさせる。コミカルさと、読者を宙吊りにするような恐ろしさを同時に漂わせる語り口は比類がない。

 

中島京子「シスターフッドと鼠坂」(初出「オール讀物」九・十月号)

 夏休みで富山に帰省中、「わたし」は母の珠緒の出生に隠されていた事情を聞いた。珠緒の実の母は祖母の澄江ではなく、東京に住む志桜里という女性だった。澄江と志桜里は学生時代からの親友なのだという。

 シスターフッドという言葉はあまり肉親のあいだでは使われない印象があるが、「わたし」が一見平凡な珠緒の非凡さを見抜き、珠緒が苦手な実母の志桜里をあるきっかけで好きになるなど、肉親間の同志的感情を細やかに描いた点に本作の美点がある。

 

荻原浩「ああ美しき忖度の村」(初出「オール讀物」九・十月号)

 二十年前に今の村名になった忖度村。だが、忖度という言葉に悪い印象がついてしまったため、「忖度村イメージ向上委員会」が結成された。ところがメンバーが村の有力者の意向を窺うため、会議は一向に進まない。

2024.09.13(金)
文=千街 晶之(文芸評論家)