読んでいるうちに、どうやら「私」は相当な浮気性で、しかもそれにあまり罪悪感を覚えていないらしいことが判明する。周囲の女性たちからは意志がないと評される男性の内面を、ある昼下りの家族のスケッチを通して描き出した試みである。
三浦しをん「夢見る家族」(初出「小説すばる」一月号)
両親と兄と暮らす少年・ネジ。彼の家庭には、よそとは違う習慣があった。朝、夢の内容を母親に話さなければならないのだ。母親が期待するような夢を語る兄と、そうではないネジの扱いに差が生まれてゆく。
最初は少し変わった家族らしいぐらいの印象で読んでいると、次第にこの一家の異常さが浮上してくる。だが、普通とは、異常とは何を基準にして決めるものなのか。そして夢と現実の境界とは――読者の中にそんな不穏な問いを残してこの作品は閉幕する。
乙一「AI Detective 探偵をインストールしました」(初出「STORY BOX」六月号)
AI探偵の「僕」は、妹を殺した犯人を捕まえたいという依頼を受ける。といっても、容疑者自体は既に浮上しているけれども、証拠が不十分なのだという。AI探偵が推理によって導き出した結論とは?
今や、ミステリの世界でもAI探偵が登場する作品は珍しくなくなったけれども、AIの一人称で展開する作例は稀有と言える。いかにも著者らしい切れ味鋭いどんでん返しも読みどころだが、人間を模倣しつつ人間ではないAIの思考回路の描写にただならぬ説得力を持たせた点も見事である。
澤西祐典「貝殻人間」(初出「小説新潮」八月号)
海から貝殻とともに上陸し、生きている人間と瓜二つで、本人の生活を乗っ取ってしまうという「貝殻人間」。彼らに人生を奪われた八人の男女が夜の海辺に集まり、それぞれの境遇を語り合う。
八人の中には、貝殻人間に人生を奪われたことを嘆く者もいれば、逆にそれまでの人生を捨てられてすっきりした気分の者もいる。同じ不条理な目に遭っても、人間とはそれぞれ異なる思考や感情を紡ぐ存在だということが、奇抜な発想の中で語られる幻想小説だ。
2024.09.13(金)
文=千街 晶之(文芸評論家)