今回、編集者に「米屋(よねや)にしれっと何回も来られる人がいるのも面白く、変幻自在になってきましたね」「米屋での経験を大切に思う人にとっては、いつでもあの路地裏に存在する店なんだという、その仕組みというか核心のようなものが、回を重ねるごとに分かってきました」と、過分なおほめの言葉をいただきました。

 私自身はそんなに複雑なことを考えて書き始めたわけではなく、ただ「女将(おかみ)さんはゆうれいだったのです」という一点だけを核に、見切り発車で書き始めた作品なのですが、書いているうちに「そうだ、米屋にいる人は女将さんもご常連も、みんな死んでるんだ」と気が付きました。

 つまり米屋は異世界なのです。『異世界居酒屋「のぶ」』ならぬ、『異世界居酒屋「米屋」』。それに気が付いてからは、書くのがとても楽になりました。普通の小説で守らなくてはならないリアリティを、時には踏み越えても大丈夫。異世界だから何でもありだ、と開き直れるのは、とてもありがたい設定です。

 そう思うのは、私が実生活ではどうにもならないしがらみを抱えて生活しているからでしょう。同居している要介護五で身体障碍者一級の兄、人間なら前期高齢者になった三匹のDV猫、老朽化しつつある我が家、そして老朽化しつつある私自身。

 皆さんもきっと、数々のしがらみの中で、精一杯毎日を送っていらっしゃるはずです。

 そんな日々の中で、リアルな異世界でしがらみをぶっ壊していく『ゆうれい居酒屋』シリーズが、一服の清涼剤になることが出来たなら、作者冥利に尽きます。

 どうぞ、変わりゆく新小岩の街を舞台に、いつの世も変わらぬ人情を描いてゆく『ゆうれい居酒屋』シリーズを、これからもよろしくご愛読ください。


「あとがき」より

枝豆とたずね人 ゆうれい居酒屋5(文春文庫 や 53-9)

定価 759円(税込)
文藝春秋
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2024.08.13(火)