コロナの2020年の春先って天気がよくて、けっこう明るかった印象がある一方で起きてることは暗く、あの光の中にいろんな人の大変な瞬間があった。

 杏は視野をちょっと広げて明るい方を見れば“生”の豊かさに気づけたはずなのに、そこに気づけなかったことが悲劇の根源じゃないかと思うんです。

 物語が進むにつれ、杏が映し出される画にはだんだん光が増えていきます。それは彼女の人生が前向きになっていく力強さの象徴で、特に最後のシーンは僕や制作スタッフの祈りでもあるんです。

 

一瞬で奈落の底に落ちてしまう不安

──コロナ禍で人々が経験した分断や、社会の脆弱さに対する祈りでしょうか。

入江 似たようなことがまた起きて、一瞬で奈落の底に落ちてしまうんじゃないかという不安があります。

 そのときに人や社会がどう対応するのか。困難に直面しても、なんとか生き延びてほしい。祈りという言葉はいままで使ったことがなかったんですが、今回は祈りに近い気持ちで撮っていました。

いりえ ゆう 1979年神奈川県生まれ、埼玉県育ち。日本大学芸術学部卒業後、09年に自主制作による『SRサイタマノラッパー』が大きな話題を呼び、数々の賞を受賞。その後も『劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ』(11年)、『ジョーカー・ゲーム』(15年)、『22年目の告白︱私が殺人犯です︱』(17年)、『AI崩壊』(20年)、『映画 ネメシス 黄金螺旋の謎』(23年)など多くのエンタメ作品を送り出してきた。

『あんのこと』
INTRODUCTION
コロナ禍にあった2020年春、薬物依存から更生し、自分の人生を立て直そうとしていた一人の女性が路上で命を絶った──新聞記事となった実際の事件を元に、「自分は絶対これを描かなければ」と入江悠監督が脚本を執筆。
 物語の面白さよりも主人公の感情に寄り添うことにフォーカスし、ドキュメンタリー的な強度も備えるという過去作品とは異なるアプローチで、社会における「見えない存在」を静かな視線で可視化。主人公を河合優実が圧倒的なリアリティをもって演じ、佐藤二朗、稲垣吾郎らが脇を固める。

2024.06.21(金)