入江 映画のモデルとなった女性は、自分で生活を立て直そうとした矢先、パンデミックに行く手を阻まれ、力が尽きた。この事実を前に、いままでの映画とは違い、ストーリーに登場人物を従属させるような作り方はできないと感じました。
それよりも、この女性の人生がどんなものだったのかを深く知りたい。で、実際に彼女を撮るわけではないんですけど、「杏」という女性を通してドキュメンタリー的に追いかけてみたいと思ったんです。
杏を河合優実さんが演じてくれることになって、彼女と一緒に杏がどんな女性だったのかを見つけてみたいという気持ちになりました。
──河合優実さんの起用はどの段階で決まったんですか。
入江 脚本を書き始めてすぐでした。「河合優実さん、どうですか」って言われて、それは素晴らしいですねと。彼女が世間に知られる前から演技を見て知っていたので。
脚本を書く過程で、単純な悲劇にしてはいけない、もっと杏の多面性を見せたいと考えていたところでした。どんなことに喜びを感じていたのか、通い始めた学校は楽しかったのか。河合さんとは杏が生きた足跡を尊重しようという話をしました。
杏はどう振る舞うか、どんな表情をするだろうか
──作中で描かれる杏という女性の造形は、コロナ禍が沈静化してもなお困難に直面する女性たちの集合体のようなイメージでしょうか。
入江 最初はそうだったんですけど、作ってるうちにどんどんパーソナルな方に想像力を働かすということになりました。
想像するしかないんですけど、杏はどう振る舞うか、どんな表情をするだろうか、みたいなことを考えながら撮った感じですね。それは同じ社会に生きる他者のことを考えるというプロセスになりました。
河合さんがその一つひとつに真摯に向き合ってくれて、すごく豊かな時間になったんです。母親役の河井青葉さんも交え、ワークショップみたいなことをしながら少しずつ脚本を直していきました。
2024.06.21(金)