その日23時すぎに来た3人連れのサラリーマンはすでに顔が赤く、どうやら2軒目のようだった。入ってくるなりカウンターごしに、「酔い冷ましに、うどん3つちょうだい」と注文した。私は「おおきに~!」と元気に応え、ヤスさんに「うどん3つお願いします~!」と伝えた。

 10分ほどしてまもなくうどんが出来上がるというとき、3人は「ごめん姉ちゃん、やっぱり終電やから帰らなあかんわ」と言って立ち上がり、「せっかく作ってくれたのに悪いな」と謝って、うどん3杯分の1200円をカウンターに置いて店を出て行った。私とヤスさんは顔を見合わせ、まあ終電ならしょうがないかと、今日のまかないはうどんかな、と考えた矢先、裏で作業していた女将が戻ってきた。中途半端に出来上がったうどんとテーブルに置かれた1200円を見て「これなんや?」と聞いた。

「あ、うどん出そ思たら、終電やから言うてお金置いて帰らはりました」と私が説明し終わらないうちに、「ええかげんにせぇ!!!」と雷は落ちた。

 私はあれだけイメージトレーニングしていたのに、はっきりとキョトンから入ってしまった。女将さんは、驚くべき剣幕で「出してもない料理の代金とる店やて噂立ったらどうしてくれる? え? うちの店、潰す気かぁ!!!」とまくしたてた。

 

 急いで反省の顔にシフトしようと考えたとき、遮るように「今すぐ走って金返してこんかぁ!!」と言われたので、「はぃい!!」と言って私は1200円を掴んで店を飛び出した。

動き出した女将さんの潜水艦

 改札の前に着いたのは、終電が出たすぐ後だった。おそらくは3人のサラリーマンを乗せている電車が、むなしく頭上を過ぎていった。肩を落として、どうやって謝ろうかと思いながら元来た高架沿いの道をトボトボと戻っていくと、目の前の異変に気がついた。ゴゴゴゴと音を立てて、店全体がゆっくりと後ろへ下がっている。まずい。怒りを動力として、女将さんの潜水艦が動き出してしまった。

2024.06.08(土)
著者=加納愛子