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友人のひと言が続篇のきっかけに

――11年ぶりに続篇を描こうと思われたのはなぜでしょう?

 『テルマエ・ロマエはヒットこそしましたが、それに付随していろいろと面倒な問題が発生し、本音をいうと続けていく気合が消失してしまいました。本当は三巻くらいで終わらせたかったのに、ヒロインを出さなければならなかったり、それも負荷になっていたのは確かです。でも2年ほど前、友人に「漫画家って、どれほど多くの作品を描いていても、やっぱり代表作のイメージが強く刻印されるよね。ヤマザキマリといえば、『テルマエ・ロマエ』なんだよ」と言われて。その言葉を聞いて、妙に納得してしまったんです。

 私自身が楽しみながら描いている作品はやっぱり『テルマエ・ロマエ』であり、そのように取り組まれた作品が多くの作家たちの代表作になっていることは多いと思うんですね。

 お風呂のことならまだまだ描けるし、私自身日本に点在する温泉にもまだまだ行ってみたい。プライベートでも温泉地に行くと、いつも「いま、ここにルシウスが来たら何に興味を持つだろう、何をローマに持って帰りたくなるだろう」と考えてしまうんですよ。

 かつて私がテレビで温泉リポーターをやっていた経験も役立つし、つま先立ちで大風呂敷を広げることなく、等身大で描ける作品でもあるんです。

――ずっとルシウスと一緒に過ごしてきたんですね。

 ここまでキャラクターが確立してしまうと、ルシウスが勝手に動き出すというか。私がどうやって描こうか考えるというよりも、描けば“出会える”という感覚ですね。

何度失敗しても立ち上がる、“オッサン”の単独ヒーローが愛おしい

――漫画作品の主人公の多くが年を取らない中、ルシウスが年齢を重ねていて、「腰が……」というシーンから始まるのが印象的です。

 私たちの時代は、漫画否定派の大人が多くて、私も親には「漫画は頭がバカになるから読んではダメ」と言われていましたが、今の50、60代はみんな漫画を読んで育った世代です。だったら、主人公が中年・初老でも感情移入してもらえそうだな、と思ったのです。実際描き手である自分がもうすぐ還暦なわけですから。

 続編のコメントで「自分もルシウスと同年代だから臨場感がある、すごくよくわかる」というポストを見かけて「やっぱりね」と思いました(笑)。腰痛にしても、子どもとの軋轢にしても、経験している読者が結構いるということだと思います。

――現代日本の中高年層は、ますます古代ローマ人に共感してしまいます。

 若い人にとっても、年齢を重ねても相変わらず小学生みたいだったり、馬鹿馬鹿しいことに熱心になっている姿を見るのは楽しいと思うんです。頑固者で、何者かになれるはずと思って頑張ってきたけれどそんなこともなくて、年齢を重ねても未だに失敗を繰り返す。

 失意も挫折もあるけれど、それでも自分の全身全霊を駆使しながら生命力を稼働させている。ルシウスは社会における典型的な人間の理想像として作り上げたわけではないので、 “ヒーロー”キャラとはいえませんが、こういう人物はやはり描いていて楽しい(笑)。

2024.05.09(木)
文=河西みのり
撮影=深野未季