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 東京「パナソニック汐留美術館」で、古代ローマの公共浴場(テルマエ)に焦点を当てた展覧会「テルマエ展 お風呂でつながる古代ローマと日本」が開催されています。ヤマザキマリさんの漫画『テルマエ・ロマエ』をきっかけに古代ローマの文化に触れ、興味を抱いたという人も多いのではないでしょうか。

 今回の展覧会にも協力されているヤマザキマリさんに、見どころをはじめ、私たちを惹きつけてやまない古代ローマの魅力を伺いました。

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古代ローマ時代の高度な建築・土木技術も見どころ

――今回の展覧会は、古代ローマ研究の第一人者でもある山梨県立美術館館長・青柳正規さんと、ヤマザキさんとの会話からアイデアが生まれたと聞きました。

 そうなんです。5年ほど前、青柳先生にお会いした際、「いつか『テルマエ』をテーマにした展覧会をやりたいね」とおっしゃっていた。青柳先生のひとたらし的魅力と話術による説得力、そして優秀なブレーンによってこのような展覧会が実現に至ったということですね。

――改めて「テルマエ展」の魅力について教えてください。

 これまでにも古代ローマ文明をテーマにした展覧会は何度も開催されていますが、“お風呂”だけに特化した展覧会は、おそらく日本でしか実現できないでしょう。

 私が『テルマエ・ロマエ』を描いたきっかけとして、イタリアや中東など長きにわたる海外暮らしの間、なかなか浴槽のある家に暮らせなかったジレンマやストレスというのがあるのですが、海外には日本のような日常的にお風呂に浸かるという入浴文化がありません。

 古代ローマという歴史に対し、敷居が高いと感じたり、古代史や西洋の歴史と聞くとアレルギー反応を示す人がたくさんいるのを見て、“お風呂文化“を入り口にしたらもっと興味を持ってもらえるんじゃないかと感じたことがそもそも漫画の発想につながっていますが、それくらい古代ローマ人が日常の入浴を愛していたということです。

 単に体をきれいにするだけでなく、心身を癒し、リセットし、活力とするための“お風呂”という概念は、私たち日本人と古代ローマ人が唯一、激しく共有できるテーマなんですね。

――ヤマザキさんが考える、本展の最大の見どころはどこでしょう?

 なんといっても、漫画にも登場した「ストリギリス(肌かき器)」をはじめ、古代ローマの浴場で実際に使われていた色々な道具が、日本にいながらにして観られることでしょう。

 今回の展覧会ではイタリア・ナポリ国立考古学博物館が所蔵する作品が数多く展示されていますが、あちらの担当者は「他にも貴重な資料がたくさんあるのに、なぜお風呂に関連する作品ばかり借りていくんだろう?」と不思議に思っていたのではないでしょうか(笑)。

 ポンペイ遺跡から出土した1世紀頃の「水道のバルブ」が展示されていますが、2000年前にこんなにインフラが発達していたなんて、と驚かされます。

 日本人の感覚では信じられませんが、古代ローマでは水道・土木建築が発達していただけでなく、「蒸気」が奴隷の力に変わる動力になると感じていたエンジニアもいたくらいなので、もし完成していたら産業革命は2000年早く起こっていた可能性もあります。

 本当は実際の浴槽を見てもらいたかったのですが、それは遺跡の現場で見ていただくしかありません。でも、浴場に設置されている、体を洗うために水を組む水盤は再現されています。

 ポンペイ遺跡には、いまでもお湯を溜めたら絶対に入れるだろうな……という浴槽がいくつも残されているんですよ。

2024.05.09(木)
文=河西みのり
撮影=深野未季