この記事の連載

「お風呂」は古代ローマと日本の最大の共通点

――昨年も『ローマ展』が開催されたり、古代ローマ文明に惹かれている人が多いと思うのですが、なぜでしょうか?

 そもそも、日本人と古代ローマ人には、入浴文化以外にも共有できるコンテンツが多いんですね。

 例えば、一つの宗教的拘束がある社会ではないこと。古代ローマでは属州民(※)が色々な国から、色んな宗教を持ち込んでいました。日本には古くからあらゆる現象に神が宿っていると考える「八百万の神々」の概念がありますが、色んな神様が存在して、自由に信じることができる点が共通しています。

 『テルマエ・ロマエ』の主人公・ルシウスのように職人気質な性質だったり、芸術や表現に対する思い入れの深さなど、調べれば調べるほど日本人とシンクロする部分が非常に多くて面白いですね。

 また、漫画『プリニウス』という作品でも描いたのですが、イタリア半島もまた日本と同じように災害大国で、過去に何度も地震や火山爆発などの自然災害を乗り越えてきたという歴史があります。

 そんな中でも、やはり最大の共通点は“お風呂”ですよね。

 古代ローマでは、午後1時になるとテルマエがオープンし、昼食後はみんなテルマエでダラダラ過ごすんです。当時のローマには、現代の高層マンションのような集合住宅が密集していて、上層階になるほど貧しい人たちが暮らしていました。

 上層階は下水道も完備されておらず、窓もなく、ほとんど光も射し込まないような空間だったので、一日中部屋にいると滅入ってしまう。こうした場所で暮らす人々にとって、浴場は「第2の家」のような存在だったのではと思います。

 テルマエに行けば癒されるし、階級を超えて色々な人との交流もある。さらに、カラカラ帝の時代になると、テルマエは単なる浴場ではなく、運動場や食堂、図書館、学校などを兼ね備えた複合施設として発達していきます。

――マンションも現代との共通点ですし、カラカラ浴場はもはやテーマパークのようですね。映画版『テルマエ・ロマエ』のロケ地にもなった「スパリゾートハワイアンズ」を思い出しました。

 「スパリゾートハワイアンズ」はまさに古代ローマスタイルの施設ですね。古代ローマ人が行っても違和感なく楽しめるのではないでしょうか。

――お風呂の楽しみ方が古代ローマ人と一緒……! 本当に古代ローマと現代を行き来している人がいたんじゃないかと想像してしまいます。

 だからこそ『テルマエ・ロマエ』が生まれ、共感してくださる方も多いのだと思います。

 そもそも、古代ローマ時代が1000年近く続いたヒントはお風呂にあります。ローマ皇帝たちは国策として水道や道路、浴場などのインフラ整備を自分たちが支配した土地でも進めたことで民衆の支持を得えることができました。古代ローマ方式に、日本でも国際会議をやる時は、良質の温泉に浸かりながら話し合ってみたらどうでしょう(笑)

 お風呂で温かいお湯に浸かっていると、色んなことが一瞬どうでもよくなりますから、戦争している国も「やめようか」となるんじゃないでしょうか。

――確かに、お風呂の中ではみんな裸で、武器も持てないですものね。ぜひ「お風呂外交」、導入してほしいです。

後篇を読む

(※)古代ローマの本国以外の領土の人たちのこと。アナトリアやアフリカ、ギリシャ、イベリア半島など地中海各地に拡大した

「テルマエ展 お風呂でつながる古代ローマと日本」

会期 開催中~2024年6月9日(日)
会場 パナソニック汐留美術館(東京・汐留)
開場時間 10:00~18:00
※5月10日(金)、6月7日(金)、6月8日(土)は20:00まで開館
※入場は閉館の30分前まで
休館日 毎週水曜日 ※ただし6月5日は開館
観覧料 一般1,200円、65歳以上1,100円、大学生・高校生700円、中学生以下は無料
※障がい者手帳をご提示の方、および付添者1名まで無料

問い合わせ
050-5541-8600(ハローダイヤル)
https://panasonic.co.jp/ew/museum/

ヤマザキマリ

1967年東京都生まれ。漫画家・文筆家・画家。東京造形大学客員教授。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。2010年『テルマエ・ロマエ』(エンターブレイン)で第3回マンガ大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。15年度芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。17年イタリア共和国星勲章コメンダトーレ章受章。著書に『プリニウス』(新潮社、とり・みきと共著)、『国境のない生き方』(小学館新書)、『オリンピア・キュクロス』(集英社)など多数。
https://yamazakimari.com/

次の話を読む「ずっとルシウスと過ごしてきた」ヤマザキマリが11年ぶりに『続テルマエ・ロマエ』を描いた理由

2024.05.09(木)
文=河西みのり
撮影=深野未季