単なるエンターテインメントに留まらない「現実世界を相対化するための新たな視点」を求める受け手にとっては、映画版「ナウシカ」は物足りない作品と言わざるを得ないのだ。宮﨑監督は当時、高畑の評価が掲載された書籍を怒り狂って引きちぎったというが、激情の奥底には「作品の弱点を的確に突かれた」という苦い思いがあったのではないか。

 宮﨑監督が「映画を作っている時は、もう連載を続けられないだろうと思っていた」という心境から一転して、映画版の公開から間を置かずに漫画版の連載を再開したのは、高畑からの手荒い「叱咤激励」が功を奏した面もあったに違いない。

 その後も10年間にわたって描き継がれた漫画版「ナウシカ」は終盤、驚くべき勢いで映画版とは隔絶した天空の高みへと駆け上がっていく。映画版で、自然の偉大さと自己治癒力の象徴となっていた腐海は、実は「滅び去った文明が、自ら汚染した環境を浄化するために創造した人工の生態系」だったことが明らかになる。ナウシカたち現生人類も汚染された環境の中で生きられるよう遺伝子レベルから手を加えられた存在であり、浄化された環境の中では血潮を噴きだして死んでしまうのだ。スタジオジブリの鈴木敏夫氏が「映画を見て感動した人への裏切りでは」と抗議したほどの衝撃の展開だ。

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「文藝春秋 電子版」で読む「ナウシカ」

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2024.04.18(木)
文=太田啓之