しかしながら、公開2週目に突入したばかりの映画館では空席が目立った。全米・世界での大ヒットに対して、日本での公開第1週の興行収入ランキングは5位。この落差が生じた理由は明らかだ。外来の支配者による圧政に苦しむ人々の前に、救世主が現れる物語――。そう、この作品には「聖書の再話」という面があるのだ。
主人公ポールが数々の奇跡を行い、人々の熱狂的な支持を集めて崇拝されていく様は否が応でもイエス・キリストを連想させる。しかし、この作品における救世主はイエスのように神が遣わした存在ではなく、「ベネ・ゲセリット」という秘密結社が数千年にもわたり主人公らの属する血統を操作し、いつかは救世主が現れるという「預言」を砂漠の民の間にあらかじめ広げておくことによって生まれた「仕組まれたメシア」なのだ。ポールは自らがそうした存在に過ぎないことを熟知しており、必死にその運命を拒絶しようとするが、結局は周囲の期待に抗しきれず、「救世主」の役割を自ら演じることを決意する。その行く末には、自らの信者たちが引き起こす「宗教戦争」によって死屍累々の世界が現出することを知りながら――。つまり、この物語自体がキリスト教の辿った歴史の強烈なパロディであり、キリスト教文化圏で生きる人々の魂を理屈抜きで揺さぶるモチーフにあふれている。
宮﨑駿が1982年に漫画「風の谷のナウシカ」の、イメージの源泉の一つとしたのが「デューン」だったことは以前から指摘されてきた。アニメーション研究家・叶精二氏の著書「宮崎駿全書」によれば、「ナウシカ」の初期案である「ロルフ」「風使いの娘ヤラ」の舞台は一貫して砂漠でイメージボードには、ガスマスクをかぶり砂漠を往く剣士、砂漠を走る巨大な芋虫「サンドオーム」などが描かれており、「明らかに(「デューン」の)影響が見て取れる」としている。毒ガスを吐く菌類の森=腐海という過酷な自然の中で、大国間の抗争に翻弄されつつ生きる民衆の間で語り継がれてきた「青き衣の者」「白い翼の鳥の人」という伝承。そして戦乱の最中、その伝承を体現するかのように登場してきた少女ナウシカ――。生命にあふれた腐海と不毛な砂漠という対比はあるが、「ナウシカ」の物語構造には「デューン」と重なるところが多い。
2024.04.18(木)
文=太田啓之