「もちろんでございます。こんな私で良ければ」

「こんな、だなんて言わないで。私、同じ年頃の話し相手が、ずっと欲しかったのよ。あなたがいてくれて、本当に良かったと思う」

 友達みたいだわ、と呟けば、早桃は恐縮しつつも、嬉しそうな笑顔になった。

 上巳の節句が終わってすぐ、あせびは藤波から、あるものを下賜された。藤花殿に呼び出されたあせびの目の前に出されたのは、実に立派な長琴であった。あせびはその横っ腹に、見覚えのある模様を見つけて驚いた。

 そっと琴の側面をなぞれば、桜に霞――確かに、浮雲である。

 だがあの男は、浮雲はたまに朝廷の方で使われると言っていた。頂いて良いものなのだろうかと恐縮すると、藤波は遠慮しなくても良いのだと、上機嫌に言い切った。

「宗家の者が長琴を持っていても、仕方がありませんから。陛下にそう言ってお願いをしたら、快く了解してくれました」

 それを聞いて、あせびが喜んだのは言うまでもない。早速弾こうと春殿に運ばせたのだが、浮雲を見て、うこぎは仰天したようだった。彼女はしばらくの間何も言わず、魅入られたようにあせびの手元を凝視していた。

 相変わらず浮雲は美しく、音も濁らず、最高の状態を保っている。変なところはどこにもない。何をそんなに気にしているのだろうと思ったところで、うこぎはため息をついた。

「よもや、それと再びまみえる日が来ようとは、うこぎは思いもしませんでした」

 それは、私が以前仕えていた姫のものでございます、と、静かにうこぎは答えた。

「これが?」

「はい。わけあって、宗家のものになっていたのですが」

「その方は、とても良い趣味をしてらしたのね」

 私も気に入ったわ、大切に使わせて頂きましょう。

 あせびが屈託なく笑ってそう言うと、感慨深げだったというのに、うこぎはなぜだか泣きそうな顔になった。

 はい、かの姫さまも、さぞお喜びになることでしょう、と、うこぎは囁いた。

 浮雲の手入れをしているうちに、周囲は薄暗くなっていた。女童が鬼火灯籠に明りを入れようとしたが、落ち着きを取り戻したうこぎは、それを止めた。

2024.04.10(水)