禊を終え、春殿に戻った後は、そのまま朝餉となった。
煮豆を混ぜ込んだ粥に瓜の粕漬けという、いたって軽い朝食を済ませると、今度は身だしなみを整える。髪を梳り、白粉を塗って紅をさす。もともとあせびは、色の黒い方ではない。白珠ほどではないにしろ、冷水を浴び、桜色に上気した肌は、まろやかに肌理が細かく、なんとも好ましかった。この頬に、白粉を厚く塗るのも無粋なようで、化粧は、ごくごく薄くほどこされるだけになった。
身支度が整った頃に秋殿から使いが来た。なんでも、簡単な茶会でもしないかとのことだったので、あせびは諾と返事をした。
桜花宮には、屋敷に繋がる廊を区切る門が存在している。藤花殿から春殿、夏殿へ続く門を角徴門といい、秋殿、冬殿へ続く門を商羽門といった。この二つの門を抜けてしばらくすると、行く手に見える秋殿から、賑やかな笑い声が聞こえてきた。うこぎに言われた女房が先立ち、あせびの来訪を伝えると、そのまま入ってくるようにと伝えられた。
秋殿は、春殿とは趣向の全く違った屋敷であった。どこか木の温もりを感じられる春殿とは異なり、秋殿の廂や丸柱、梁にいたるまでが、黒の漆塗りとなっていたのである。しかも、几帳や、装飾として飾られた着物は全て蘇芳に統一され、刺繍された金の花々、家具に施された彫金の数々が、眩しいようなありさまであった。
「……すごいわ」
「ただの悪趣味でございますよ」
感嘆の息を吐いて思ったままに呟けば、うこぎがぼそっと囁きを返した。
確かに、一歩間違えればそうだろう。しかし、白壁に映える黒と、紅と金に彩られた秋殿の様子は、いかにも洗練されている。悪趣味と一概に言い切るのは、少々無理があるような気がした。
案内されるまま邸内を進めば、思い思いに座る女房らの着物が、ひときわ鮮やかな一角に通された。一つ開かれた枢戸の外には、未だ固い芽をした楓の木々がある。紅葉の頃、全ての戸を開け放てば、それはそれは美しかろうと思われた。
2024.04.10(水)