この「ステキね」とよく似た「ステキ」を、キキはその前にも発している。

ふわっとした甘い憧れを表す言葉の「ステキ」

 例えば、旅立ちの日に口にした「ひと月のばして、ステキなボーイフレンドでも現れたらどうするの? それこそ出発できやしないわ!」という台詞の「ステキ」。この時、キキは具体的な誰かを想定しているわけではない。ただ、自分の中のふわっとした甘い憧れを表す言葉として「ステキ」が使われている。

 また、一人暮らしを始めたばかりのときも「ステキ」は登場する。生活必需品を買い揃え「暮らすって、物入りねぇ……」と感じた直後、キキはショーウィンドウの赤いかわいい靴に見惚れる。今の自分にとってはとても手に届かない「憧れ」の対象を前にして、「ステキね」と言葉を出したのだ。

 “都会的”や“大人”など、自分の中にある「憧れ」を表す言葉としての「ステキ」。そんなキキならば、「ルージュの伝言」を聞いてもやはり「ステキ」と漏らすのではないだろうか。

浮気した男性の母親に会うために…

 ご存知のとおり「ルージュの伝言」は、1975年に荒井由実(現・松任谷由実)がリリースした5枚目のシングルで、同年発売のアルバム『COBALT HOUR』に収録されている。歌は、浮気をした男性に対し、女性はバスルームにルージュで伝言を残し、彼の母親に会うために家を出る、という内容。

 山下達郎の手によるドゥーワップのコーラスもあり、オールディーズの雰囲気を持つこの曲は、スクリューボール・コメディのような楽しさで恋愛模様を描き出す。

 

キキの“気分”を描くために欠かせない「ルージュの伝言」

 ユーミンの“都会的”で“大人”な楽曲は、キキのような「恋に恋する年齢の女の子」にとっては、まさに「ステキ」といいたくなるような内容だ。ファッションデザイナーのおねえさんへの憧れを経由することで、「ルージュの伝言」がキキの年頃の“気分”を描くための欠かせないピースであることが見えてくる。

2024.04.01(月)
文=藤津亮太