国民的テレビ放送で起きてしまった「露出事故」
日本でも話題になった「乳首」騒動だ。2004年2月、アメリカの国民的行事であるNFLスーパーボウルのハーフタイムショーに出演したジャネットは、パフォーマンスの終盤、男子アイドルのジャスティン・ティンバーレイクをサプライズで登場させた。その彼が「この曲が終わるまでに君を裸にしてみせる」と歌い、彼女の胸部の衣装を引きはがした結果、乳首が露に。約1秒間、呆然とした表情のジャネットの乳首がテレビ放送されてしまった。
もちろん世間は大騒ぎになった。二人の謝罪時の弁明によると、露出は事故だった。衣装をはがし赤いビスチェを見せる予定だったが、その下着ごと取れてしまったのだという。しかし、話題づくりのためにわざとやったという疑惑を払拭することはできず、主にジャネットがバッシングの標的となっていった。
後年「事故だったのだから謝罪すべきじゃなかった」と後悔することになるジャネットだが、当時の狂騒は、彼女一人の手におえるものではなかった。50万件もの苦情を受けた連邦通信委員会が「公然わいせつ」容疑で調査を行い、史上最高額となる55万ドルの罰金をテレビ局に科したのだ。つまり、この1秒の出来事が国家問題になってしまった。
芸能界でもジャネットを干す流れが本格化し、グラミー賞や映画の出演がキャンセル。ラジオ放送でも楽曲がかからなくなっていった。すべてのメディアから締め出されたわけではなかったが、キャリアは大打撃を受けてしまった。
後年、ウォーターゲートをもじって「ニップル(乳首)ゲート」とも呼ばれるようになったこの事件だが、露出が意図的だったとする証拠は見つかっていない。罰金にしても、騒動から8年も経ったあと最高裁で違憲とされて幕を閉じた。
振り返ってみれば、この異様に誇大化した騒動は、あの時代特有の現象だった。まず、マイケルの児童虐待容疑が大ニュースになっていたため、ジャネットをふくめたジャクソン家への世間の風当たりが強まっていた。さらに、2000年代初期は、インターネットの普及により、国家によるヌード表現などに対するメディア規制が不可能になりつつある時期だった。
これを問題視していたのが、連邦通信委員会に大量の苦情を送ったと言われている保守系宗教団体だった。大統領選挙の年でもあったからか、政治家たちもジャネットを引き合いに出すかたちで過激表現への規制、厳罰化を志向する姿勢を強めた。
件のスーパーボウル放送直後の世論調査でも、8割のアメリカ人が「連邦通信委員会の調査は税金の無駄」、つまり過剰反応と考えていたことが明らかになっていたが、当時の政治的状況もあり、ジャネット一人が「国賊」のように扱われる流れになってしまったのだ。
皮肉にも、世界最大の動画サービス「YouTube」は、この乳首露出事件から生まれている。「ジャネットのスーパーボウルの乳首露出事件が話題になっているのに、その映像がなかなか見つからなかった」ことから、話題の動画を見ることができるサービスを思いついた、とYouTube創立者の一人であるジョード・カリムが後年語っている。
2024.03.16(土)
文=辰巳JUNK