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 更に夜のメニューでは、ローストビーフをウリにしつつアヒージョなどの小皿料理を増やし、元々のワインの価格設定が異常に安かったこともあり、ワインバー的に重宝されるようになりました。思い切ってパスタも始めて、「自家製厚切りベーコンのカルボナーラ」や「大人のナポリタン」は、全てのグループがどちらかを注文するくらいの人気メニューとなりました。

 彼は、「かえって気が楽になったよ。みんな喜んでくれるし、正直仕込みも楽になった」と笑います。それが本心なのかどうか、僕にはわかりません。

日本人、フランス料理があまり好きじゃない説

 こういう光景は、この店ばかりのことではありません。グルメ雑誌等では「ビストロブーム」などということがかつて言われて久しいですが、グルメ雑誌が煽るものがだいたい何でもそうであるように、それは決して世間全体を巻き込んだブームとまでは言えるものではありません。

 僕は昔から「日本人は本当はあまりフランス料理が好きじゃないのではないか」と、うっすら思っています。それは、昔のホテルフレンチから現代のビストロまでずっと変わらないように思えます。

 知人の店がまさにそうですが、定番料理は日本人が好む典型的なスタイルに落とし込み、そこにイタリアンやバル、洋食、といった周辺文化の助けも総動員して、ようやくビジネスとして成立するのがフランス料理なのかもしれません。

 もちろん一定数以上の愛好家は存在します。そして(都会であれば)その期待に応えてくれる店は少数ながら存在します。そういう店はキッシュを「あえて」メニューから外すし、カルパッチョやパスタは「絶対に」置きません。そこには小さくて幸せな世界が成立しています。

 更にもっと先鋭的な(そして極めて高額な)イノベーティブフレンチなどの世界もあります。それはエスニックやガチ中華、インド料理などと同様、本格的になればなるほど限定的なマニアによって支えられる、という「いつもの」構造。

 しかしフランス料理には、エスニックなどには無い独特の呪縛があります。世界で最も格式高いもてなし料理であり、誰もが羨むべきものであり、極めておしゃれな食べ物である。そしてそうでなければならない。そんな呪縛。

 そろそろみんな、フランス料理をそんな呪縛から解放してあげてもいいのではないでしょうか。ワイルドな料理を苦しくなるまでガツガツ喰らったり、繊細な料理に全神経を集中させて無言で向き合ったり。社交もおしゃれも格式も関係なく、もっと素直に楽しめばいいのでは? そんなふうに思っています。

異国の味

定価 1,650円(税込)
集英社
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2024.02.11(日)
著者=稲田俊輔