この記事の連載

 日本ほど、外国料理をありがたがる国はない! 博覧強記の料理人で、南インド料理の名店「エリックサウス」オーナーの稲田俊輔が、中華・フレンチ・イタリアンをはじめとする「異国の味」がどのように日本で受け入れられてきたかを記すエッセイ『異国の味』(集英社)。その一部を抜粋・編集し紹介する。


「白い脂がべっとり」本格派ビストロへの酷評口コミ

 パテカンサラダの店の少し後にできた、とあるビストロがあります。この店は幸い今でもカルト的な人気店として続いており、目下、僕にとって日本で一番のお気に入りのフランス料理店です。

 ある時たまたまネットでその店がオープンした当時、つまり2000年代半ば頃の口コミを発見しました。ちなみに酷評です。

 ちょっと悪趣味なのですが、その内容を書き留めておこうと思います。ビストロ黎明期における貴重な資料だからです。もっともそのまま転記するのも憚られるので、文章は僕なりに多少(ニュアンスを損なわない程度に)整えておきます。

 最初のテリーヌに唖然。え? テリーヌって白身魚やホタテを使った料理でしょ? でも出て来たのは冷たいハンバーグみたいなお肉の塊。こんなのが出てくるってわかってたらメインでステーキは選ばなかった……。

 しかも縁や裏側は固まった白い脂でべっとり。その脂を必死でこそげ落としながらなんとか食べきったけど、しょっぱいわ香草の匂いはきついわで、もう既にギブアップ寸前。

 そしてメインのステーキは、肉を焼いた時の肉汁みたいなもの以外はソースらしきものはかかってなくて、その代わりのつもりなのかマスタードがべっちょり。そして付け合わせがフライドポテトって、これフランス料理じゃなくてアメリカ料理でしょ……


 これを無知と笑うのは簡単です。正直、僕も最初は苦笑しながら読みました。しかし、イメージとはあまりに異なる「フランス料理」を目の前にした彼女の心中は、察するに余りあります。シェフがもしその心中を知ったら、と想像すると、やっぱりやるせないものがあります。これは誰も悪くない悲劇です。

 令和の今となっては、お肉のテリーヌやステーク・フリットを知らずにビストロに行く人もそういないかもしれません。でもそれだって、普段からビストロを訪れる人に限った話です。こういう悲劇は、今でもどこかで繰り返し起こっていることでしょう。

 だからお店側は、可能な限りその悲劇を避けようとしなければなりません。そこにはやっぱり常に、作り手とお客さんのせめぎ合いがあるのです。

2024.02.11(日)
著者=稲田俊輔