「考え抜いた文章が、次の文を呼ぶ」
――2024年1月には、現・佐賀之書店店長の書店員・本間悠さんの推し作品「ほんま大賞」に、『照子と瑠衣』(祥伝社)が選ばれました。70歳を迎えた女性2人の逃避行を描いています。
井上 ありがとうございます。本間さんのディスプレイは凝っていて、本をかわいらしく飾ってくださるので嬉しかったですね。
――井上さんにとって、長編と短編の違いはどういうところにあるのでしょうか。
井上 作り方が違います。長編は連載する上でプロットをかなり作り込むんですけど、短編は登場人物のプロフィールと、その人がおちいった状況だけきっちり作って、ストーリーはあまり決めずに書き始めることが多い。「キャラクターが勝手に動き出す」のに近い感じで、ふとした登場人物の言葉で、「この人ってこんなことを言うんだ」という発見がある。
そっちの方が面白い小説になりますね。長編で同じことをやると破綻して戻れなくなるのですけど。
小説って言葉がすごく重要で、「彼は悲しいんだ」と書くにしても、辛い気持ちになったのか、暗い気持ちになったのか。表す言葉は何通りもあるじゃないですか。どれを使うのがこの小説に一番適しているのかを考えるんです。そうやって考え抜いた一文が、また次の文を呼ぶ。そういうことが短編のほうがいっぱい起きる気はしますね。
創作意欲は「人間への興味」
――小説への創作意欲は、どこから湧いてくるのでしょうか。
井上 やっぱり人間への興味だと思いますね。例えば「ボーイミーツガール」とか、物語だけを考えるとストーリーが一定のものに集約されていくんです。でも人間に軸を変えると、「こういう状況で、こういう人がこうなった時はどうするんだろう」といくらでも組み合わせが出てくる。その「どうするんだろう」という謎を解くことが自分にとってのモチベーションになっているんですよね。
もちろん「書けば解ける」とは限らないんだけれど、書くことで答えに近づく気がします。もしその時に解けなくても、次の小説で解けるかもしれない。そういう人間の心理や生きていくことへの謎が、私にとってのモチベーションだと思います。
2024.02.12(月)
文=ゆきどっぐ
撮影=山元茂樹/文藝春秋