この記事の連載

小児精神科医でハーバード大学医学部准教授、そして3児の母である内田舞さん。内田さんは、渡米14年目の2020年、新型コロナパンデミックの中、妊娠34週のときにmRNAワクチンを接種し、ワクチンのメカニズムの科学的な説明やその後の経過についてSNS等で発信してきた。しかし、その内田さんが直面したのは誹謗中傷の言葉の数々だったという。炎上や論破ゲームの波に飲み込まれず、分断や差別を乗り越えるために、心と脳のメカニズムについて綴った 内田さんの著書、 『ソーシャルジャスティス』より一部を抜粋して紹介します。(全2回の2回目。前篇を読む


論理のねじれに気づく努力

 例えば、私の息子たちが通う保育園で行われている同意教育について、「他人との関係の中でのYES・NOの意思表明をし、相手のYES・NOを受け入れることの重要性」の話を紹介しますが、この話を以前ネットの記事で発信した際に、「アメリカのある保育園で同意教育が行われている」という情報と「アメリカの方が日本より性犯罪が多い」という情報をつなげ、「アメリカのように幼少期からの同意教育を行っていると性犯罪につながるから、同意教育をしない日本で育ってよかった」という意見が寄せられたことがありました。

 まず第一に、息子たちが保育園で学んでいる「同意」というのは性的同意ではなく、人間関係全般におけるもっと幅の広いものですが、同意教育が性犯罪を減らすという社会科学研究はたくさんあります。そして、私の息子が通う保育園はアメリカを代表してはおらず、残念ながら同意教育がアメリカ全土で行われているわけではありません。

 さらに、日米の性犯罪報告数については、性交同意年齢が日本では13歳(2023年、16歳に引き上げる法改正案が閣議決定された)で、アメリカでは州ごとに違いますが16〜18歳なので、例えば15歳の子どもと大人との性交がアメリカでは性犯罪として認定され、日本では認定されないというケースもありますし、また性被害の通報のしやすさという点でも日米は異なるので、同列の比較はできません。しかし、現に日本よりアメリカの方が性犯罪が多いとしても、「同意を幼少のころから大切にするかどうか」という本質的な点に関しては、日本でもアメリカでも「大切にした方がいい」と言えるのではないでしょうか。

 このような明瞭な議論の飛躍に関しては、AならばB、BならばC、という論理が全く繋がっていないという欠陥に比較的簡単に気付くことができるかと思いますが、実はもう少し見えにくい形で心理的に操作されたような論理の間違いもたくさんあります。こういったねじれた論理によって相手を弱い立場に押し込もうとする心理操作は実社会では職場のハラスメントや、ドメスティックバイオレンス(DV)、虐待やいじめにおいて典型的なもので、精神科医としてそのような状況にいる患者さんが自分の置かれた状況を言語化できるように、そして自分の感覚を信じられるように手助けすることもあります。

 同じように、SNS上の議論でジェンダーや人種差別といったセンシティブな話題をめぐり、自分の意見が置いてきぼりになってしまった感覚があるとか、あるいは議論の方向性が本質から離れて何かおかしい方向に行ってしまっていると感じるときには、自分の感覚を信じて、いったんじっくりその事象を見つめてみることが大切です。

2024.01.12(金)
著者=内田 舞