「ああ、本当にザゼンと対バンするんだ」
先日、私がボーカルをつとめるバンド・トリプルファイヤーがZAZEN BOYSと共演した。会場は渋谷CLUB QUATTROで、いわゆるツーマンライブというやつだ。
ZAZEN BOYSのボーカル兼ギタリストである向井秀徳さんがザゼン以前にやっていたナンバーガールというバンドに私は中高生時代とても憧れていた。私の地元、香川県三豊市では当時ナンバーガールを知っている人は私の周りにはほとんどおらず、ひとりウォークマンでナンバーガールを聴いているだけで大層誇らしい気持ちになった。そのうち自分ひとりで聴くだけでは飽き足らず、携帯のメールアドレスを「num_ami_dabutz@~」とナンバーガールの曲名から拝借して設定し、周囲へ自分の知識と感性をアピールするなどもしていた。
ナンバガ解散後、向井さんが結成したZAZEN BOYSももちろん特別な存在だった。新しいバンドでもこんなすごいことができるのか、この人やっぱ天才だなと思った。大学進学~上京後、私の入った音楽サークルではナンバーガールやZAZEN BOYSなど誰もが当たり前のように聴いていたし、当時はライブハウスに行けばナンバガやザゼンの影響が色濃く出ているバンドが数多く出演していて、私は自分のバンドがそこと一括りにされないよう、あえてZAZEN BOYSを遠ざけていた時期もあったのだが、その実アレンジや歌詞などこっそり参考にさせてもらうこともあった。それもこれも要はZAZEN BOYSもナンバーガールも数多の同時代のバンドとは明らかに一線を画すカリスマ的なバンドだったということである。
イベント当日。会場に着くとステージでは私たちよりも先に ZAZEN BOYSが圧倒的なリハーサルをおこなっていて、それを見て「ああ、本当にザゼンと対バンするんだ」と感慨深い気持ちになった。言わずもがな本番はそれ以上にものすごかったし、アンコールでは私が向井さんに呼ばれザゼンの「はあとぶれいく」をふたりで肩を組んで歌うというサプライズまで起こった。さらには向井さんから私たちのバンドに対する肯定的な感想をもらえたり、ギターのカシオマンさんと飲みに行けたりもした。夢のようだった、というか本当に夢っぽかった。そんな夢のような出来事の連続に気分が舞い上がる一方で、もし私が20代の頃にこのような経験をしていたならばもっと我を忘れるほどに舞い上がっていただろうな、とどこか冷静に考える自分もいた。
実は『CREA WEB』の編集部の方がこの日のライブを観に来てくださっていて(私がMCで先述のメールアドレスの話などをしたこともあって)、それで「ZAZEN BOYSと共演した日の感慨を伝えてほしい」と執筆の依頼を頂戴したのだが、冒頭でも述べたとおり、たとえば友人から「ザゼンと対バンどうだった?」と聞かれたときと同様に、自分が求められているテンションと同じ高さの返答を私はできないのではないか、という危惧があった。
ZAZEN BOYSも向井秀徳さんも日本のロック史にその名を刻む存在だ。私の持たない能力もたくさん持っていらっしゃる。それでも「自分とは根本的に違う人間だ」とは今ではあまり感じなくなった。それはザゼンに対してだけではなく、地元の公務員のおじさんや飲み屋でくだを巻いている老人、詐欺の出し子で捕まっているような若者に対しても似たようなことを思う。そんなことでは今後自分を変革する気概を持てず頭打ちなのではないかという一抹の不安もあるが、今はそんな自分の感覚を割と気に入っている。
吉田靖直(よしだ・やすなお)
1987年、香川県出身。バンド「トリプルファイヤー」のボーカルとして活動する傍ら、映画やドラマ、舞台、大喜利イベントなどにも出演。主な著作にエッセイ集『ここに来るまで忘れてた。』『今日は寝るのが一番よかった』(交通新聞社)など。
X(旧Twitter)@TRIPLE_FIRE
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編集部が注目している書き手による単発エッセイ連載です。
(タイトルイラスト=STOMACHACHE.)
2024.01.17(水)
文=吉田靖直