編集部が注目している書き手による単発エッセイ連載「DIARIES」の第6弾。今回は、お父さんとご自身について綴ったエッセイ「パパと私」が大きな反響を呼んでいる、新進気鋭の文筆家・伊藤亜和さんです。「ダークでポップでありたい」と願っていた伊藤さんの少女時代とは?
暑さが少しだけ和らいだ。
先週までの「死」の原液のような暑さに、私は「もうこの星に人類が暮らしていくのは無理なんだ」と本気で思っていたのだが、やはり日本にはまだ四季がある。服屋は長袖を売り始め、コーヒーショップにはさつまいものラテ。いつの間にか蝉の声もまばらになって、代わりに鈴虫たちが出窓の下で羽を鳴らしている。秋。
私の誕生日は10月13日です。プレゼントをもらえたら嬉しいので、よく憶えておいてくださいね。本当は12月に産まれる予定だったのですが、誕生日にはしゃいでいた母のお腹から勢い余って出てきてしまいました。だから、自分の誕生日の記憶をたどるときには、その思い出にしたがって、オレンジ色のカボチャと、ガイコツの顔が浮かぶ。毎年、両親にお祝いで連れて行ってもらったディズニーはいつもハロウィン仕様だったし、家では毎日取り憑かれたように『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』を観ていた。私の初恋は、ジャック・スケリントンである。秋生まれだからハロウィンが好きなのか、ハロウィンが好きだから秋に出てきてしまったのかわからないほど、私はこの季節が大好きだ。
ナイトメアー仕様のホーンテッドマンションでゴーストたちと体を揺らして楽しみ、好きになるアニメキャラクターは悪役か陰気なキャラばかり。『おどるメイドインワリオ』ではアシュリーのステージでばかり遊んでいる覇気のないガキ……。それが私だった。母は小学生の私を毎朝三つ編みにして、ショッキングピンクのパーカーやチャーミングな花柄のシャツを着せたりしていたが、それはいつも、私が望んだ私のイメージ設定ではなかった。私は真っ黒なワンピースを着て、几帳面に揃った前髪でおでこを隠して、青白い顔でむっつりとしていたかったのに、幼い現実の私はどうだろう? 大きな白い出っ歯にぷりぷりのたらこ唇、愉快な縮れ髪の頭にGapのビビッドなパーカー、おまけにまぁ、なんて健康的な肌色!
大人になった今でこそ、いろんな人と楽しくおしゃべりしたり、ニコニコ振る舞うことも大切だし楽しい、ということも理解できているが、子どもという生き物には大抵、大人よりも一層強い「自分の設定」というものがある。それはどこかの国の姫であったり、右目に邪神の宿る能力者だったりするし、私の場合、それは賢くて堅物で病弱な変わり者だった。ティム・バートンの映画に出てくるような、ポップだけど隠しようもなく不気味なキャラクター。正直にいうと今もそう思われたい。私は今でも「どうやって生活しているかよくわからない近所の変なおばちゃん」になりたいと思っていて、それを遂行すべく正社員をはじめとしたさまざまな「真っ当」への道を捨てたのだ。
2023.09.16(土)
文=伊藤亜和