――たしか、吉右衛門さんが少しだけですが、銕三郎を演じている回がありましたね。

染五郎 おじさまの「本所・桜屋敷」と「血闘」を拝見したところ、実際に銕三郎を演じてらっしゃって、本当に少しのシーンでしたが、銕三郎時代と平蔵との話し方の違い、あるいは人間性といったところを一滴もこぼすことなく全部吸収したいという思いでした。「おじさまの銕三郎を、なんとか自分に染み込ませてから演じたい」と考えていたので、毎回、撮影に臨む前にそのシーンだけを見てから現場に入るようにしていました。

――それは興味深いアプローチです。

染五郎 今回、作品に参加させていただいて、平蔵というよりも銕三郎に対して愛着が湧いてきたので、機会があれば演じていきたい役になりました。

――もう少し全体を眺めてみると、「鬼平犯科帳」は、長谷川平蔵と火付盗賊改方の面々とのチームワーク、そして奥方である久栄(ひさえ)との関係性も魅力のひとつです。今回の作品でも、鬼平が最初に登場するのは同心たちが剣術の稽古に励んでいるところに乗り込んでくるという設定で、とても重要なシーンでした。あの稽古は最初に撮影されたんですか?

幸四郎 違いますね。最初の撮影は相模の彦十役の火野正平さんとのシーンでした。いきなり火野さんと、ですよ(笑)。脱線してしまいましたが、火付盗賊改方の稽古のシーンは、凄まじい稽古でなければという思いがありました。なにせ、凶悪な盗賊に相対する役目の人たちですから。激しい稽古をしているところに飛び込み、挨拶代わりに稽古の相手をする。それが最初の挨拶というのが、いかにも平蔵らしいと感じましたし、あのシーンが新しい長谷川平蔵の始まりというのはとても象徴的でした。

――久栄役の仙道敦子(せんどうのぶこ)さんとの場面は、ほかのシーンとは雰囲気が違いましたね。

幸四郎 私は十代のころに仙道さんのファンクラブに入っていたんです(笑)。自分の過去をやっと言える時が来た、という感じです。「鬼平犯科帳」では、平蔵が家にいる場面というのは、いちばんニュートラルでいられる場所であり、大切な時間だと思います。実際に、仙道さんと演じてみると、時間のテンポがゆったりした感じが出せたのではないかと思います。

2023.12.29(金)
取材・構成=生島 淳