個人的な話はこれくらいにして、本書の内容に踏み込んでいこう。『播磨国妖綺譚 あきつ鬼の記』は、「オール讀物」二〇一九年二月号から二一年五月号にかけて、断続的に発表された短篇六作が収録されている。先に触れたように舞台は、室町時代の播磨だ。夢枕獏の「陰陽師」シリーズを始め、陰陽師関係の小説や漫画を好きな人なら、播磨と陰陽師の組み合わせで、すぐに一人の人物を思い出すはずである。播磨随一の法師陰陽師・蘆屋道満だ。ただし道満は、あの安倍晴明と同じ平安の世の人。室町では時代が違いすぎる。どういうことかと頭を捻っていたら、意外な形で物語に活用されていた。なるほど、面白い設定を考えたものだ。

 なお、二〇一四年から刊行が始まった全三巻の「妖怪探偵・百目」シリーズには、道満一派の末裔を師匠に持つ、拝み屋の播磨遼太郎が登場している。早い段階で、陰陽師及び道満への関心があったと見ていいだろう。

 冒頭の「井戸と、一つ火」は、燈泉寺にある井戸にまつわる怪異を、律秀と呂秀が解決する。律秀は薬師であり、漢薬に詳しい。呂秀は僧で、薬草園の世話をしている。そしてふたりは法師陰陽師である。しかも呂秀は、物の怪など人外のものを見て、声を聞くことができる。二人が突き止めた怪異の原因は、鬼の式神であった。事情を聞き、話し合った結果、鬼は呂秀の式神になるのだった。

 続く「二人静」は、怪我人を治療するため猿楽一座に赴いた兄弟が、舞の最中に現れた死霊の心残りを晴らす。第三話「都人」は、都の天文生・大中臣有傅と兄弟の交誼が綴られている。第四話「白狗山彦」は、兄弟が山の神夫婦から娘(血の繋がりのない人間)を託される。第五話「八島の亡霊」は、海に出た武者の亡霊たちと話し合った呂秀が、思いもかけない方法で怨みを鎮める。第六話「光るもの」は、薬草園にある木の精の願いを、呂秀と律秀が叶える。ラストの美しい光景が忘れがたい。

 といった調子で、兄弟は物の怪と対立することはない。物の怪絡みの事件や騒動を解決するが、戦って滅ぼすような真似はしないのだ。むしろ、物の怪や山の神と意思の疎通をして、相手の願いを理解し、なんとかしようと行動している。そこに本書の、陰陽師物としての独自の魅力があるのだ。

2024.01.04(木)
文=細谷 正充(書評家)