カシスとチョコレートの香りが重なりあう美しいケーキ
エルメ そして、こちらは、「フルール ド カシス」(フランス語で、“カシスの花”の意味)。こちらも、2020年の「ラ・メゾン・デュ・ショコラ」とのコラボレーションの際に作ったお菓子です。構成は、カシスペッパー入りのサブレ、チョコレートとカシスのガナッシュ、チョコレートのビスキュイ、カシスのジュレ、チョコレートのムースです。
加藤 間にブルーの小花がちりばめられていて、美しいですね。
エルメ カシスペッパーというのは、カシスの実がまだ開いていないものを乾燥させて粉にしたもの。カカオ分64%のビターチョコレートは、ベリーズにあるシブン農園のカカオを使ったシングルオリジンのものです。カカオの力強さと赤い果実を思わせる酸味が特徴です。
加藤 どうしましょう、すごくおいしくて、全部食べちゃっていいですか(笑)。植物性という感じはまったくしませんね。
エルメ カシスとチョコレートの香りがさまざまに重なり合い、カシスがチョコレートのピュアな風味を引き立てます。そして、カシスペッパーがカシスの香りをさらに生かし、アクセントにもなっていると思います。
加藤 どちらのお菓子も、特にクリームが素晴らしく調和が取れていて、テクスチャーのおもしろさとおいしさを引き出す鍵になっているように感じました。「さすが、エルメさん!」、という感じです。
植物性だからではなく、おいしいから食べてほしい
エルメ 私は、そのお菓子が植物性だから買ってほしいのではなく、おいしいから食べてほしいと思っています。その意味で、他のお菓子と全く同じレベル。お店では植物性の商品を必ず1つか2つは並べていますが、特別なコーナーは設けず、簡単なアイコンをつけて分かるようにはしています。
加藤 まったく同感です。私も、このレストランでお出ししているデザートはすべてヴィーガンですが、お客様にはヴィーガンとも、プラントベースとも言っていませんし、あまり気づかれることもありません。
エルメ そう、おいしいならば、それでいいですよね! 最近は植物性のお菓子を出すパティスリーも出始めていますけれど、手に取ってみるとそんなにおいしそうではなかったり、見た目もそこまでではないものが多いんです。私が自分で作るならば、他の普通のお菓子と同じように、おいしくて見た目もきれいなものを作らなければいけないと思います。
加藤 本当に! 私もまさにそう思います。作っているのは植物性のお菓子で、それだけをやっていますよ、と言うと、お菓子を食べたい人にとっては入り口が狭くなってしまうと思うんです。植物性のお菓子が市民権を得るには、普通のものと区別のない同じおいしさが必要なのかな、と思います。
エルメ 同感です。11月には、フランスで、『La pâtisserie végétale de Pierre Hermé』という、植物性のお菓子のレシピブックを出版する予定です。リンダ・ボンダラという、一般向けにヴィーガンのお菓子の学校を開いているパティシエと一緒に作りました。彼女の視点を取り入れることは、私にとって非常に重要だったと思います。
加藤 私も今年、スペインのグルメ雑誌「So Good」にレシピを紹介していただいたのですが、いろいろな人から連絡をいただき、反響がありました。
エルメ 植物性のお菓子は、日本ではまだそれほど広まっていないと思うので、ぜひ本か何か、出版に向けてプロジェクトを進めたほうがいいと思います。加藤さんご自身の思いやお考えも、とってもおもしろいと思います。私自身もそうですが、やはり初めての本の出版は、思い入れの深いものになると思います。
加藤 そうですね。でも私はまだ、未熟なので……。
エルメ (やさしく微笑みながら)大丈夫です。
加藤 ありがとうございます。機会があったら。
エルメ 新しい本の中では、ババの新しいレシピも紹介しています。テクスチャーがとても素晴らしくて、まさかバターや卵が入っていないとは思えないほどです。それから、ビーガンのイスパハンも作りました。もともとのイスパハンと、ヴィーガンのイスパハンをわからないようにして、何も言わずに出して食べてもらったら、おそらくヴィーガンのほうがいいと言われると思います。
加藤 やはり、香りが引き立つということですかね。
エルメ そうですね、たぶん。先ほどマカロンの時に言いましたが、うちのお店では、卵白の代わりとしてジャガイモのプロテインを使っています。フランスではほかに、「アクアファバ」というメーカーが出しているひよこ豆のプロテインもよく使われていますね。
加藤 私はひよこ豆を10時間くらい煮込んで、自分でそれを作っています。
エルメ (眉を上げて、驚いた表情)
加藤 ちょっと面倒ですけれど、香りが少なくて、私にはそれが一番使いやすいです。
加藤 サステナビリティの観点では、日本はフランスよりもだいぶ遅れています。日本のフランス菓子はとてもおいしくて、フランスの味に近いものもたくさんあると思います。でも、その素材の90%以上が輸入されたものでできているんですよね。日本にも素晴らしい素材があるにもかかわらず、です。エルメさんが日本の素晴らしい食材をいろいろ使ってお菓子を作ってくださっているように、日本のお菓子業界も日本の素材の素晴らしさに気づくべきであり、そうすれば、日本ならではのお菓子が生まれていくのではないかと思っています。
エルメ フランスもかなり遅れていると思っていたのですけれどね(苦笑)。加藤さんは、デザートに海苔を使ったことはありますか?
加藤 あ、はい、あります。
エルメ 最近、タブレットショコラに海苔を使ったんですけれど、これがすごくおいしいんです。自分でもワクワクするくらい、うまくいきました。レモンとユズの極薄いパート・ド・フリュイと、海苔を使ったガナッシュを重ねたボンボンショコラも作りました。ボンボンショコラだけのお店をパリでオープンしようと準備しているので、そこで新作をたくさん出す予定です。
加藤 素晴らしいです。いろいろな食材をご存じであることに、いつもびっくりします。
エルメ ヨーロッパでユズを取り入れたパティシエは、私が最初だと思います。他にもワサビや煎茶、抹茶、白みそ、黒ゴマ、赤紫蘇など、さまざまな日本の素材を使ってきました。最近出合ったのは、生醤油。昆布の使い方も講習を受けたばかりで、また新しい道が開けるのではないかと思っています。
加藤 それは楽しみですね。
エルメ 今日はお迎えくださって、本当にありがとうございました。
加藤 私にとって憧れの、そしてみなさんにとっても憧れのエルメさんにお会いできて、本当に光栄に思います。エルメさんは、パティシエ業界の中でも、遊び心と類いまれなるセンスをもって、伝統を守りつつも革新を試みた先駆者であり、英雄のような存在。私がパティシエを目指そうと思ったのも、エルメさんの存在が大きいです。
エルメ 私もお会いできて、本当にうれしく思っています。デザートを味わえて、そして加藤さんのアプローチをお話するなかで理解でき、とてもよかったと思います。非常に興味深くお聞きしました。ブラボー!
ピエール・エルメ・パリ 青山
所在地 東京都渋谷区神宮前5-51-8 ラ・ポルト青山1F/2F
電話番号 03-5485-7766
営業時間 12:00~19:00
定休日 年末年始
https://www.pierreherme.co.jp/
FARO(ファロ)
所在地 東京都中央区銀座 8-8-3 東京銀座資生堂ビル10階
フリーダイヤル 0120-862-150、03-3572-3911
営業時間 18:00~23:00(L.O. 20:00)
定休日 日・月曜
https://faro.shiseido.co.jp/
2023.11.08(水)
文=瀬戸理恵子
撮影=志水 隆