外国人が行ける場所ではなくなってしまったアフワール

酒井 『イラク水滸伝』はアフワールを複数回けっこう長く取材されていて、世界的に見てもすごく貴重な本になっていると思いました。アラブの伝統的な舟タラーデのつくり方も完璧に書いてあるし、マーシュアラブ布(アザール)のことも詳しく探求していて感嘆しました。ぜひ、日本に留まらず、海外でも翻訳されてほしいですね。

高野 ありがとうございます。本当に嬉しいです。

酒井 探検家セシジャーが50年代に湿地帯を旅した記録『湿原のアラブ人』は、日本語版に私が解説を書いているのですが、その後1958年に親英政権が倒れ、60年代に入ると軍事政権が続いたりクーデターが繰り返されたりして、とてもじゃないけれど外国人が行ける場所ではなくなった。だから「すごい秘境があるぞ」と言われていたのに、その後パッタリと行く人がいなくなってしまったんですね。

高野 でも先生はアフワールに行かれたことがあるんですよね?

 

軍が派遣されてくる一番ヤバいところだった

酒井 1986年~89年の間、イラクに大使館の仕事で滞在していたのですが、88年までイラン・イラク戦争があって、『イラク水滸伝』にも書いてある通り、湿地帯は戦争の前線地でした。武装集団が逃げてきて湿地帯に隠れ住んでいるところに軍が派遣されてくる一番ヤバイところでしたから、絶対に旅の許可は下りない。

 ところがイランとの戦争が終わって88年の冬、試しに許可を申請したら下りたんですよ。政府も戦争が終わったことをアピールしたかったのでしょう。その頃はサダム・フセインの強権的なコントロールが効いていたので、ある意味安全に、モーター付のボートで湿地帯に入れました。ほんの2日~3日の旅でしたが、湿地から水牛がモーッて出てきて楽しかったですね(笑)。90年のイラクによるクウェート侵攻以降、また行けない場所になりましたから、奇跡的なタイミングでした。

2023.10.15(日)
文=高野秀行、酒井啓子