台頭する生成AI画像テクノロジーについて、宮崎駿の言葉を引用して違和感を表明したのは、アカデミー賞監督であるギレルモ・デル・トロだ。彼が引用するのは、2016年にNHKで放送されたドキュメンタリーの中で宮崎駿が発した言葉だ。CGで作られた人間が、芋虫のように地面を這い回る不気味な映像を作り、面白そうにジブリスタッフたちに見せる若いカリスマ経営者に対して、宮崎駿は不快感を隠さなかった。

 ハリウッドで活動するギレルモ・デル・トロ監督が、日本のドキュメンタリーをどこで知り、宮崎駿の言葉に触れたのかは分からない。だが今、テクノロジーと合理主義のハリウッドにおいても、脚本家やクリエイターたちがAIと人間の権利をめぐってストライキに突入している。それは宮崎駿と高畑勲が出会った、東映動画での激しい労働争議を思い出させる。直接に机を並べた日本の同世代たちが世を去っても、地球のあちこちで宮崎駿の作品に触れた次の世代のクリエイターたち、世界の秘密に人間の手で触れようとする作家たちは生まれ続けるだろう。

宮崎駿の現在とこれから

 今作について、『風立ちぬ』までは行われていたインタビューや記者会見は現在のところない。ほとんどの国民は宮崎駿の肉声や映像にすら触れていない。今の宮崎駿の状態を知る者は、本田雄ら机を並べたアニメーターたち、そして木村拓哉や米津玄師、あいみょんといった、数少ない出演者、スタッフたちのみだ。

 宮崎駿はかつてインタビューの中で、現代日本のサブカルチャーや芸能界に対して嫌悪感を隠さなかった。時にそれは彼の作品世界と対極にある「汚れた現代」そのものに見えたのかもしれない。

 だが、宮崎駿の映像やインタビューのない今作で彼の現在を伝えるのは、木村拓哉に「父のことを思い出しました」と声をかけ、試写に不安を覚えたあいみょんを「すごくいい声でしたよ」と励まし、米津玄師の前で「子どもたちに、この世は生きるに値するということを映画を通して伝え続けていきたい」と語りながら感極まって涙ぐんだという、子や孫のような世代の若者たちの前で心の鎧を外したような宮崎駿の姿だ(「SWITCH」2023年9月号)。戦前と戦後の価値観に揺れた宮崎駿は、現代と和解することが出来たのだろうか。

 人生のほとんどを作品に捧げた宮崎駿にさらにもう一作を望むことは、あるいは観客の傲慢かもしれない。だがどちらにせよ、ルネサンス期としては異例な長命であった88歳のミケランジェロ以上に、ゆるやかで豊かな時間が彼に与えられていることを祈りたい。「創造的人生の持ち時間は10年だ」「宮崎家に80歳の壁を超えた人はいない」。自らにかけた呪いのような言葉さえも越えて、作り続け、変化し続ける天才は今、82歳である。

2023.09.23(土)
文=CDB