大久保をみても、いろんなことがあったけれども、絶対に中央政権の座から離れない。これが西郷になると、理想が入れられないとすぐ怒って帰ってしまう(笑)。木戸孝允もわりに完全主義者だから、京都や長州へ行ったりしますね。ところが、大久保は絶対離れませんね。非常に粘り強く、権力欲とは違うんだけれど、とにかく簡単にあきらめないですよ。
永井 そういう政治感覚のある人のことを日本人はすぐ、権力に憑(つ)かれたとか表現するが、私はそれは間違いだと思いますね。日本人は“権力”イコール“悪”みたいに、すぐ考えるところがありますでしょ。
城山 だから、ナンバー2にもいろんなタイプがあってね。ナンバー1になれるナンバー2と、ナンバー2どまりのナンバー2、それから、ほんとうはナンバー3なのにナンバー2になってしまったタイプとかね(笑)。
永井 ほんとうに、ケースバイケースですね。
名ナンバー2に必要な能力は
城山 もう一つ、良きナンバー2は、ナンバー1に直言できる男でないとだめですね。ナンバー1にゴマをすり、ご機嫌をとっていればナンバー2になれるけど、こんな男は間違ってなったというか、非常に危ない。
永井 そうですね。
城山 豊臣家の場合も、晩年は淀君が動かす形になり、そこに大野治長が加わる。この男はゴマすり人間でしょう。
永井 まあ、ちょっとナンバー2になる器量はないですね。
城山 でも実際には、彼らがナンバー1的仕事をするんですね。これはもうどうしようもない。
永井 そうですね。結局、秀吉はそういった組織づくりに失敗し、良きナンバー2を育てられなかった。あの人はまあ、社長から受付けまでやりたいタイプですからね。だから困る。
そこへいくと、家康は、組織づくりはうまかった。酒井忠次、榊原(さかきばら)康政、井伊直政、本多忠勝といった四天王をはじめ、適材適所に配置していく。でも、私は、徳川家康の時代をつくったナンバー2は、秀忠だと思うんです。彼は三代将軍家光との狭間にいてパッとしないですが、私にはこの隠れ方になかなかの魅力があると思うんですよ。徳川幕府の一番大事な基礎をつくったのは彼ですね。いつでも、「大御所様の仰せには」ということで、将軍になっても、父家康を立て、自分はナンバー2だよという顔をしている。やはり、政治が飯より好きな男なんですね。家康があきれ果てた堅物ですしね。しかも、これをうまく政治に利用する。
2023.08.30(水)