音楽ビジネスとITに精通したプロデューサー・山口哲一。作詞アナリストとしても活躍する切れ者ソングライター・伊藤涼。ますます混迷深まるJポップの世界において、この2人の賢人が、デジタル技術と職人的な勘を組み合わせて近未来のヒット曲をずばり予見する!
さて、2014年1月にリリースされる中から、彼らが太鼓判を押す楽曲は?
【2014年1月に流行る曲】
安室奈美恵「TSUKI」
1月に発売される楽曲のプロモーションが難しい理由とは?
山口 2014年1月に流行るJポップとして選んだのは、安室ちゃんの新曲ですか?
伊藤 そうです。関ジャニ∞やSEKAI NO OWARIなど、他にも期待をもてそうなリリースはあったんですが、悩んで安室奈美恵にきめました。
山口 1月は、シングルリリースは少ないですよね。
伊藤 そうですね。だから、あえてリリースをここに当てて、CD店の薄い棚で目立ったり、ランキング上位を狙うっていうのもあります。でも、自分が関わったシングルで、1月リリースってほとんどないですね。プロモーション的にも販促的にも、タイアップがらみでも1月でなければいけないってことはほとんどなかったですからね。
山口 年末年始はテレビもラジオもメディアが、特別な番組編成になるので、宣伝がやりにくいですからね。
伊藤 それが一番大きいですね。この時期の音楽番組に出演することはアーティストのブランディング的には大いに意義はあるんですが、そのアーティストの代表曲やこの1年間に売れた曲などを歌うことが多く、直近にリリースするシングルの宣伝にはあまりならないんです。
山口 さて、この「TSUKI」を選んだ理由は何ですか?
伊藤 安室奈美恵ほどのアーティストが、わざわざこの時期にシングルを出すってことは、2月公開の映画タイアップだけでなく、年末年始にプロモーションが組めているということだと思うんです。それに、最近のシングル6作は全てダブル or トリプルA面なんですが、今回の収録曲はトリプルタイアップにも関わらずA面は1曲に絞っているってことは、このシングル曲はかなりの勝負曲とみたわけです!
山口 なるほど。確かにそうですね。
「和メロ」で勝負する直球のJポップバラード
伊藤 まぁ、そういった音楽業界人的先入観を持ちながら「TSUKI」を聴いてみました。すると、最近はアップテンポなEDMが中心だったのに、これはドJポップバラードで、しかも和メロ。これは狙いに来たな、ということで合点がいったんです。
山口 「和メロ」って、僕らは、普通に使っているけれど、読者には、どんな風に説明すると、伝わりますかね?
伊藤 簡単にいえば、和音階でつくられているメロディーですよね。
山口 ペンタトニック・スケール(5音音階)で、その5つの音だけをピアノやギターで弾くと、わらべうたみたいなメロディーになりますよね。ペンタトニックを意識した旋律が和メロという定義になるんですかね?
伊藤 テクニカルに言えばそういうことですね。ウルフルズの「バンザイ ~好きでよかった~」(YouTube)みたいな(笑)。
山口 興味のある方は、「ド・レ・ミ・ソ・ラ」の音だけで楽器を弾いてみてください。
伊藤 百聞は一聴にしかず、ですね。
山口 音楽理論の解説は、NHK Eテレに「亀田音楽専門学校」という素晴らしい番組があるので、お任せしましょう(笑)。歌詞については、どうですか?
伊藤 歌詞も無駄なものを削れるだけ削った感じ。シンプルなんだけど、バラードには珍しくカ・タ・サ行の硬めな言葉が多用されていて、メロディーに埋もれてしまわない音触りになっていますね。
山口 歌詞って、言葉の意味は、誰でも気にするけれど、実は、“音”としての響きって大切だよね。
伊藤 最近の作詞の傾向としては、メロディーに合わせることが主流で、メロディーの邪魔をしない、メロディーを活かす歌詞が多くみられます。それはそれで悪くないんだけど、メロディーを引き立てるばかりでは、ピンク・レディーの「UFO」やB.B.クィーンズの「おどるポンポコリン」のような詞は生まれない。要は、曲の世界観によって使い分けが必要なんです。「TSUKI」はバラードにしては思い切った“音”を当てていっていますので、歌があまり上手じゃない人がカラオケで歌った時に「あれ? なんかカッコ良く歌えないなぁ」と思うでしょうね。安室奈美恵ならではの表現力、トラック&ミックスが音の硬さをカバーしつつ、良い意味で違和感が楽曲力に繋がっていると思います。
2013.12.26(木)