「イタリアの奇跡」と賞賛されるスパークリングワイン「フランチャコルタ」。その奇跡を起こす優れたワイナリーを訪ねる旅。
極めて美味なる発泡酒。その秘密を紐解く
一般的にスパークリングワインといえば、シャンパンを思い浮かべる人が多いのが日本の実情だろう。シャンパンが日本市場でのブランディングに成功しているのは確かだが、実はこの10年ほど前から多くのグルマンや愛飲家から、料理に寄り添う第一級のスパークリングワインといえば、「イタリアの奇跡」との呼び声が高いフランチャコルタだという確かな評価があるのをご存知だろうか?
イタリアの都市ミラノから車で約二時間ほど東へ向かうとイゼオ湖が横たわり、そのイゼオ湖に寄り添うように位置するのがフランチャコルタと呼ばれる第一級のスパークリングワインの産地となる。
なぜ、この地で生産されたワインが「イタリアの奇跡」と呼ばれるようになったのかには明確な理由がある。
どんな酒や料理でも同じことだが、その銘酒を造るための素材=すなわちブドウそのものの品質が極めて高いのだ。良い素材で作られたものが美味しいに決まっているというのは、日本人なら当然のこととして深く理解できる事柄だが、同様に素材そのものを味わい、大切にするイタリア料理をみても明らかなように、イタリア人がおそらく本能的に良いものを創り出すにあたって、イゼオ湖畔で育った優秀なブドウからワインを造り出したことはごく自然なことだったのだろう。
この優秀なるスパークリングワインが生まれるにはまさに奇跡的な地の利が生かされているのだが、その軌跡をここで紐解いてみたい。
時は今から一万年以上前の氷河期にさかのぼる。氷河の移動によって、肥沃な成分を含んだ氷堆積土壌がこの地へと運ばれ、同時にイゼオ湖が形成された。こうして丘陵地帯となったフランチャコルタ地方にて、約60年前の1961年、地元の貴族であるグイド・ベルルッキによってスパークリングワイン造りが始まったのだ。
この地は、同じくスパークリングワインを生産しているフランスのシャンパーニュ地方にくらべて緯度が低く、豊富なミネラルと様々な成分を含んだ土壌とともに日照条件の良さまでが恵まれている。そして湖から吹き込む風によってブドウが害虫等からも守られながら健やかに育ち、良く熟すため、自然と糖度も高まるという地理的アドバンテージが活かされることとなった。
糖度がナチュラルに高いため、シャンパンの生産時に基本的に行われている加糖(ドサージュ)は行わないか、最小限に抑えられ、優れたブドウが本来持つ旨みを最大限に引き出すことに主眼が置かれている。そのストレートな美味しさは、イタリアンやフレンチ等の洋食はもちろんのこと、中華から和食まで、様々な料理に寄り添い、多くの食通から“きわめて優れた発泡酒”であり、食前はもちろん、食中酒としても料理の味を邪魔せず引き立てる最善の“泡”であると賞賛されているのだ。
そしてまた、その製造方法も、高度に厳しく規定が設けられており、最も伝統的で手のかかる瓶内二次発酵による生産をはじめ、その熟成期間もシャンパーニュでは15カ月が基準とされているところ、18カ月以上とし、5種のカテゴリーのうち「フランチャコルタ・リゼルヴァ」にいたっては、最低熟成期間が5年(60カ月)以上と規定されている。
また、フランチャコルタにしかないカテゴリーの「フランチャコルタ・サテン」はグラスに注ぐと、極めて小さく繊細な泡が生まれ、まさにシルクサテンのように滑らかで上質な舌触りを堪能することができ、このサテンを好んで選ぶファンも多い。
原産地イタリアでも、フランチャコルタは最も高貴でエレガントなワインとして称えられ、ミラノ・コレクションやLAで開催されるエミー賞で公式スパークリングワインとしても採用されている。
イタリア人が人生を謳歌しながら美しく優れた衣類を生み出し、最もポピュラーに愛される西洋料理を創り出し、深く味わいある文化とともに生きる人々だということは自明の理であるが、そのイタリア人が地の利と自然の力を生かして優れた本能で創り上げた銘酒がフランチャコルタだと言えよう。しかしそれを、シャンパンに負けじと声高にアピールするわけでもなく、自らの信じる方法にのっとって一心に生産をし続け、わかる人に届けばよいという姿勢を貫いているのも、いかにもイタリア的な粋であると言えるのかもしれない。
でもだからこそ、その珠玉を見つけ出し、優れた銘酒を嗜むという知る人だけが知りえる愉しみを味わうことは大いなる歓びを伴う。この“歓びの銘酒”フランチャコルタとあなたの出会いが今年の夏を鮮やかに彩ってくれることを祈りたい。
2023.08.07(月)
文=小川直美
写真=志水 隆
コーディネイト=宮嶋 勲