原作では戦争に関する記述はほとんどない。原作でハウルがいやいやながら命じられているのは、行方不明になった王の弟ジャスティンと、彼を探しに行って消息が分からなくなった王室付き魔法使いサリマンの二人を探し出すことで、戦争への協力ではない。戦争については敵国「高地ノーランドおよびストランジア」が今にも宣戦布告しそうである、という状況であると軽く触れられている程度だ。
このように原作と比べて戦争という要素がクローズアップされた背景には、2001年9月11日にアメリカを襲った同時多発テロ以降の時代の流れがあったと考えられる。『ハウルの動く城』の絵コンテを執筆中の2003年3月には、アメリカがついにイラク空爆を行い、国際政治の場や国内世論が賛否両論で大きく揺れるという状況も起こった。こうした時代の空気を取り込むことで、「今日性のある、作るに値する作品」にしようとしたのだった。
ハウル役に木村拓哉を起用した理由
このように宣伝展開が抑えられる一方で、最大の話題となったのがキャスティングだった。
『ハウルの動く城』の主要キャストが発表されたのは4月13日。ソフィーに倍賞千恵子、ハウルに木村拓哉、荒地の魔女に美輪明宏という配役だった。
中でもハウルのキャスティングは大きな話題となった。キャスト決定までについて、鈴木は次のように語っている。
もちろん、僕も名前と人気は知っていましたけど、出演しているドラマは見たことがありませんでした。そこで、自分の娘に「キムタクってどういう演技をするの?」と聞いてみたんです。そうしたら、非常に分かりやすく教えてくれました。「男のいいかげんさを表現できる人だと思う」。語弊があるかもしれませんけど、それを聞いて僕は「ハウルというキャラクターにぴったりじゃないか!」と思ったんです。(『天才の思考』)
宮さんは映画を作る時に、何らかの形で自分を仮託したキャラクターを登場させる。ここではその筆頭がハウルなんです。そういう意味でも生半可な人は声に選べない。候補は沢山いたんですが決定打が決まらない時に、ある方を介して木村さんが『ジブリの作品に出たがっている』と聞いたんです。木村さんと伺って、僕の中にザワめくものがありました。(略)木村さんなら、もっと幅のあるハウルが出来るんじゃないか。そう感じたんです。早速、宮さんに『実はSMAPというグループがいましてね?』と言ったら、『僕だってSMAPぐらい知ってますよ』と返された(笑)。実は宮さんと僕は、遠い昔SMAPの面々と地下鉄で一緒になったことがあるんです。彼らがまだそんなに注目を浴びていない時代でしたが、女子高生達に取り囲まれていたんですよ。(『ロマンアルバム ハウルの動く城』)
2023.08.05(土)
文=集英社新書編集部