この記事の連載

 ミュージシャンとしてデビューし、文筆家や生活料理人など幅広い活動で知られる猫沢エミさん。30代で一度パリに移住した後、2022年に50歳で2度目のパリ移住を決行。フランス人のパートナーとの暮らしや移住で見えてきたフランス人の人生観、いまパリにいるからこそ感じる日本への思いについて語ってくれました。


――2度目のパリ移住を決断した経緯を教えてください。

 以前からパリに引っ越そうと、かなり計画的に考えてはいたんです。2017年に、編集長をやっていたフリーペーパー「BONZOUR JAPON」が終わって、良いタイミングだなと思って。彼と付き合ってちょうど10年目を迎えたこともあり、「私たちもう50歳だけど、これからどうする?」なんて話していたんです。それでパリ移住を進めようかなと思っていたところに、親が倒れたり、猫(イオちゃん)を拾ったり、いろいろあってタイミングを逃してしまったんですね。さらに、コロナ禍に突入して身動きが取れなくなってしまった。それでようやく2022年2月にパリに移住することができたんです。

――長く暮らした日本を離れるのはどんな気持ちでしたか?

 やっぱり生まれ故郷である土地で、出たり入ったりしながらも50年暮らしてきて、人生をつくってきたわけだから。日本に根っこが生えているんですよね。移住すると決めたなら、その根っこ付きみたいな状態にロケットをたくさんくっつけて発射しないといけない。大量の燃料やエネルギーが必要なんですよね。50歳で日本のすべてを精算してパリに行くなんてどうなのかとか、長い付き合いといっても一緒に暮らしたことのないフランス人の彼を信じてしまって大丈夫なのかとか、自分の中でいろんな声も聞こえてきたりしました。

 でも東京の家を売って物質的に整理したら、本当に大事なものしか手元に残ってないなって軽やかな気持ちになったんですよね。日本の友人たちも「パリに行くから会ってね」と言ってくれるし、実際の距離って全然関係ないなと思いました。日本を離れても意外と変わらないな、何ひとつ失わないんだなと思って、いまとなっては脱出前の不安って何だったんだろうって思いますね。

――パリでの暮らしはスムーズに始められたのでしょうか?

 実は、コロナ禍で荷物が9カ月届かなくて(笑)。ほとんど物がない状態で、しばらくは長い旅行みたいな感じでしたね。人ってこれだけの持ち物で暮らせるんだという気付きもありました。それに彼のことは長い間知っているけれど、一緒に暮らすのは初めてだったので、食事の時間や食後のコーヒーのタイミングとか、「あ、あなたはそうなのね」って、お互いの些細なことを読み合って、暮らしのあれこれを擦り合わせていきました。彼は彼で、日本人は朝ではなく夜にお風呂に入るんだって知ったりして(笑)。

 あとは、頭の中をフランス語に切り替えて、パリでの社会登録や仕事を開始して、徐々に馴染んでいきましたね。昨年はたくさん本を出版したので、日々が一杯一杯で、日本からのプレッシャーとパリののんびりした空気の間でバランスを取るのも難しかった。でも10カ月くらい経った頃かな。かなり慣れて肝も据わってきて、「いつの間にかパリジェンヌになっているね」って彼に言われましたね(笑)。

2023.08.12(土)
文・撮影=鈴木桃子