この記事の連載

ひとりひとりを見てくれているという安心感

――対応に柔軟性が求められるということでしょうか?

 そうですね、問題が起こった時にフレキシブルに対応できるかどうかなんですよね。日本みたいに、きちんと準備していたら、それ通りに進むということはなかなかない。もちろん準備しただけ無駄だってこともあるけど、準備しないと痛い目に遭うということも、この国に来てわかってきました。一応準備はするけれど、必要ないかもしれないなくらいで考えて、その先はその場その場で考えるしかない。

 でもしっかり訴えれば、最後には明るいところに導いてくれるし、フランスという国がちゃんとひとりひとりを見てくれているなという安心感はあります。腹が立つこともあるけれど、最終的に暖かいなと感じることも多いから、肝心な部分では腑に落ちる気がします。日本だったら普通にスムーズに終わるかもしれないけれど、でも逆にシステマチックでもある。決まりは決まりですよと、シャットアウトされてしまうことも多いですよね。

――フランス人って、もっと個人主義なイメージがありました。

 フランス人は個人主義だけど、いざとなると助け合うし、そういう本当の核の部分ではみんな優しくて温かい。街の中で気分が悪くなって倒れたりしたら、周りにいる人たちが5、6人ワーっと寄ってきて、「大丈夫か?」「休憩所行くか?」「どうしたんだ?」って、矢継ぎ早に聞かれたりする(笑)。フランス人の個人主義って、どんなに仲良くてもこれ以上は踏み込まないとか、相手が話したいことだけを聞くとか、そんなマナーを大事にしているということかなと思います。

――フランス人の働き方についてはどのように見ていらっしゃいますか?

 みんな明日のことなんかわからないから、今日をとにかくより良く楽しく生きようとしていますよね。働き方のベースにも、人間らしく生きるという考え方があるように感じますね。もちろんフランスだって、フリーランスで徹夜して働いているとか、エリートサラリーマンがライバル同士で競り合っているとか、そういう環境もある。でも、一般の小規模で働いている人たちは、仕事が人生というわけではないという感覚がありますよね。

 それに、この国は、ひとりの人が働いている時と働いていない時の落差が激しい。しっかりとした失業制度があるから、会社員でハードに働いていたけど、人生を変えようと突然辞めたりする人も多いんです。でも、みんなその期間はただ休むのではなく、次の仕事のための勉強をしたり、スキルのブラッシュアップをしたりします。フランスはそんな風に社会保障が手厚い代わりに税金もすごく高いんですが、税金を払っても納得できる感じがありますよね。パリで暮らしていても、文化的資産の保護やイベントやカルチャーの分野で、税金が還元されているというのが目に見えてわかります。

猫沢エミ

ミュージシャン、文筆家、映画解説者、生活料理人。1996年、日本コロムビアからシンガーソングライターとしてデヴュー。2002年に一度目の渡仏。一旦帰国し、2007年より10年間、フランス文化に特化したフリーペーパー《Bonzour Japon》の編集長を務める。超実践型フランス語講座《にゃんフラ》主宰。2022年2月より、二度目のパリ移住。近著に『パリ季記―フランスでひとり+1匹暮らし』 (天然生活ブックス)、『イオビエ: イオがくれた幸せへの切符』(TAC出版)など。最新刊は2023年8月31日、『猫沢組 POSTCARDBOOK〜あなたがいてくれるなら、私は世界一幸せ。』(TAC出版)が発売予定。
Instagram @necozawaemi

次の話を読む「この街って何歳でも恋愛する」パリに2度移住した猫沢エミが唯一恋しい日本のこと

2023.08.12(土)
文・撮影=鈴木桃子