宮崎駿企画・脚本、宮崎吾朗監督のアニメ映画『コクリコ坂から』(2011年)は不思議な味わいのある映画だ。

 昭和38年の横浜を舞台に、「コクリコ荘」で家事を担う高校2年生の“メル”こと松崎海(演:長澤まさみ)と、文化部の部室棟「カルチェラタン」を守ろうとする高校3年生の風間俊(演:岡田准一)の出会いと恋、そして彼らの出生の秘密を描く、懐かしくも初々しいラブストーリー。本作のあらましを説明すると、こういうことになるだろう。

ふたつのクライマックス

 海と俊、そして俊とともに行動する水沼史郎(演:風間俊介)の人としてのあり方と関係性は、実に心地いい。それぞれがまっすぐで、背筋がピッと伸びていて、歩いているときもちょっと前のめりになっているぐらいだ。そもそも宮崎駿が原作コミック(佐山哲郎原作、高橋千鶴作画)についてこう語っている。「少年も少女も断固としていて、軟弱でないのも気持ちよい」(『出発点1979~1996』徳間書店)。

 海と俊、俊と史郎はベタベタしていないのに、ちゃんとお互いを理解し合っている。海は俊に「私、風間さんが好き」とまっすぐ目を見て言い、俊は海の手をとって「俺もお前が好きだ」と返す。これも断固としていて、気持ちよい。

 だが、本作のクライマックスは主人公のふたりが気持ちを通わせる場面ではない。クライマックスはふたつある。ひとつは俊たちが守ろうとしていた「カルチェラタン」の存続が決定する場面、もうひとつは海と俊のそれぞれの父親との共通の知人と邂逅する場面だ。

父の不在の物語

『コクリコ坂から』は、父親の不在をめぐる物語である。海の父親・澤村雄一郎は朝鮮戦争でLST(戦車揚陸艦)に乗っていて機雷による爆発のため亡くなった。いわば戦死である。一方、戦災孤児で養父母に育てられた俊は、父親のことは写真でしか知らない。彼らの運命は戦争に左右されている。

 父親を亡くしてから10年経った海は、心の中で父親について整理がついているようでついていない。俊も養父・明雄(演:大森南朋)とはどこか距離があり、本当の父親のことを知りたいと思っている。彼らは喪失感を抱えたまま、毎日を過ごしていた。

2023.07.28(金)
文=大山 くまお