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 千年前、神からの求婚を断った女は、愛する男と共に輪廻転生の呪いをかけられました。ふたりの生のルールはたった一つ。女は輪廻を覚えたまま生まれ変わるけれど、男を愛した途端にそれを忘れ、男は輪廻の記憶を持たずに生まれるけれど、女を愛した瞬間にすべてを思い出す。

 そんな宿命を背負った「精神的には千年ほど生きている」主人公のカレー屋店員・岡田杏は、運命の相手を探さずにルームシェア相手の守橋祥子とともに令和の世を満喫してばかり。けれど、ある本をきっかけに、事態は変わっていくのです。

 時を超えた愛を紡ぐ小説『愛されてんだと自覚しな』作者の河野裕さんに、物語誕生のきっかけを伺いました。

インタビュー【後篇】を読む


父親の最後の小さな願い

――今作の発想のきっかけを教えてください。

河野 厳密にきっかけが何だったかを言うのは難しいですが、出版元の編集者さんとの打ち合わせが入っていて、さすがに「何も決めてないです」って言うのは申し訳なくて(笑)。理屈は考えず、「輪廻転生もので行こう」と決めました。

 大きな題材って突き詰めると物語になると思うので、そこから膨らますうちに、「今の時代は辛いこととか嫌なことがあるけれど、千年のレベルで俯瞰して書くと、どこか気持ちのいい物語になるんじゃないか」と思ったんですよね。

――「辛いことや嫌なこと」とは、具体的にはどういうことですか?

河野 例えば、コロナ禍やロシアによるウクライナ侵略です。実は今作を書く直前に、父親がガンで入院して、そのまま亡くなりました。父親は70年以上真面目に生きてきた人で、そんな彼が入院中に言った唯一のわがままが、「孫に会いたい」でした。でも、感染症対策のため、子どものお見舞いが認められなかったんです。父親の最後の小さな願いがコロナ禍で叶えられない。全体の幸福と個人の幸福のバランスを考えた時に、私の中で辛いものがあって。

 私の子どもは当時3歳で、祖父から愛された事実を知らないままこれからを生きていくのだなと思いました。でも確実にそこに愛はあった。愛に応える必要はないけれど、子どもには、「愛されていた」ことは知ってほしかった。と同時に、私自身の父親への愛情をかなり強く自覚しました。その体験が、今作のタイトルにも繋がりました。

 今までは、自分に向かって小説を書いている節もあって、テーマやメッセージを突き詰めて考えていました。けれど、本当に辛かった時、メッセージ性の強い物語を読み通すことが難しくなってしまって……。それで、読者としての私が「気持ちよく読める」ことに舵を切って書いてみようと思ったんです。

2023.08.01(火)
文=ゆきどっぐ
撮影=鈴木七絵